沈丁花

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沈丁花

沈丁花。花言葉は栄光、不死、不滅、永遠、実らぬ恋。一年中緑の葉をつける常緑樹であることからこんな花言葉がついたらしい。この花を見ると、真っ先に彼が浮かぶ。私は年老いて新しいことを覚えるのが苦手になってしまったけど、思い出だけはいつまでも美しく咲いたままなのよ。 たった一度の人生で、たった一人を愛するなんて、全く難しいことではなかった。 有明晴司。私が生涯愛した人。 初めは、どこにでもいそうな少年、という印象だった。私とは何の関係もなく、ただ共通することといえば同じ時代に生まれ、同じ空間にいたことだけだった。時間の共有が贅沢で儚いものだとあとで思い知ったわ。 当初はお互いに無関心だった。どこで誰と何をしようが関係なくて、ふと、いなくなったとしてもあんまり気にならなかった。 彼が、特別な病気を発症しなければ無関係のまま私達は終わっていたわね。いや、終わりがあるのは私だけね。 私ばかり先に進んで、置いていってしまってごめんなさい。・・・ごめんなさいって謝るのも変だけど。言わずにはいられないでしょう。 あの病気は、私と彼を不思議な関係で結びつけた。彼には申し訳ないけど、今はね、病気があって良かったなって思ってしまう。とても不謹慎よね。でもそうじゃなきゃ、こんな特別な関係になれなかったもの。 同級生から始まり、やがて弟のような存在になり、息子のような存在になり、そして孫のような存在になっていく。こんな不思議な体験をするの、きっと世界で私だけよ。 私は、このために生まれてきたんだわ。 たった一度きりの人生で、たった一人の相手を多様な面で眺めていくなど思いもしなかった。我がままを言うならば、その一度きりの人生で私は彼と恋人になって、共に年老いて、変わる世界の流れを見つめていたかった。 彼は十五歳の梅雨の時期に、歳を取らず永遠に生きる病気を発症した。 例え私がおばあさんになって彼が若いままの姿で隣にいても、私はちっとも嫌じゃない。 だって、彼が一番だから。見た目が変わっても変わらなくても私達の心は永遠に少年少女でいられるの。 何もかもわからなくなってしまっても、彼のことだけは忘れない。死ぬまで恋をしているんだもの。 ・・・・・・彼の心臓の音が聞こえる。こんなに近くで聞くのは初めて。 ああ、なんて幸せなんだろう。老いぼれて自分自身さえも忘れかけている私の元に帰ってきてくれた。 そうそう、いつまでもずっと、こうして私を抱しめていて。 今日やっと、彼の願いは叶ったのね。 居心地の良いリズムを聞きながら、私は深く眠った。
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