死ぬ部

2/6
前へ
/6ページ
次へ
「し……死ぬ部、でぇす……」  その日の放課後から、私は早速勧誘活動を開始した。 「部員募集中、でぇす……」  裏髪を六枚繋ぎ合わせた中心に「死ぬ部、部員募集中」と書き、周囲に首を吊るリスの絵を並べたポスター。  これを校舎の正面玄関を出てすぐの場所に貼り、その前で声を張り上げる。  しかし、私の必死の呼び声に反応する生徒は一人もいない。  理由はわかる。今は二月。  新入部員を求めるには、非常に不適切な季節だ。 「うぅ……人生は糞…………死にたいぃ…………」  まさかとは思うが、私の声が誰にも聞こえていない、ということは無いだろう。  可能な限りの大声量で、下足ホール前の戸口から、ほんの四十か、五十メートルしか離れていないのだ。  これ以上近付くと、心労で死んでしまいそうだし。人が多いところは怖いし。 「……こんな時に、顧問の先生がいてくれたらなぁ」  私は二週間前に亡くなった、死ぬ部顧問の志仁田(しにた)先生のことを思い出す。  志仁田以蔵(いぞう)先生。担当教科は日本史で、明るくて、面倒見の良い人だった。  死因は、部活動中の切腹だった。  三文字割腹の法と呼ばれる、お腹を自分で三回掻っ捌く、恐ろしい自殺法だ。流石先生。  でも、せめて部員を集めてから死んで欲しかった。  このままでは埒が明かない。 「やっぱり、顧問の先生を先に探そうかなぁ……」  一向に進まない勧誘活動に、一旦見切りをつける。  ポスターを畳むと、私は颯爽と職員室に向かった。  § § §  職員室を見渡すと、室内の先生方は皆、自分の机で何かしらの作業をしている。  教師は授業が終わっても、何かしらの仕事があるのだろう。忙しいのだ。  そこに部活の顧問という新しい仕事を追加するのは、少し申し訳ない気もする。  しかし、死ぬ部存続のためには致し方あるまい。  この学校に通い始めてそろそろ丸二年、授業を受けた先生以外でも、ある程度の顔と名前は把握している。  柳生先生は野球部の顧問だったはず。  坂部先生はサッカー部。  九条先生は陸上部かな。  加賀先生は科学部、佐渡先生は茶道部。  板東先生は……軽音楽部だったと思う。  駄目だ、もう他の部の顧問をしている先生ばかりだ。  こうなったら無理を承知で掛け持ちを頼むしか……んん? 「はー暇だ暇。暇過ぎて死にてェー」  知らない先生がいる。  他の先生方が巨大三角定規やコンパスの手入れに、小テスト採点にと忙しそうな中。  その見知らぬ若い男性教諭だけは、机に素足を乗せて、オフィスチェアの背凭れの限界まで体を倒し、天井を仰ぎつつ鼻毛を抜いていた。 「どうした、鳶尾(とびお)」 「……ひぇっ……!?」  立ち尽くす私を見咎めたのか、担任の岸先生(囲碁将棋部顧問)が声を掛けてきた。 「何か用事か?」 「あっ……あぅ………あの……」  何と答えるべきか熟考する私と、それを眺める岸先生。 「……うぇ……ぁ……………の、そのぉ……ぶぶぶ部活、の、顧問、のぉ…………」  私が簡潔に答えると、岸先生はそれだけで納得したように頷いた。 「そうか。鳶尾は死ぬ部だったな。志仁田先生が亡くなったから、新しい顧問を探しに来たのか」  私は、悠然と頷いて返した。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加