いつかまた・・・・・・

1/1
前へ
/1ページ
次へ
バイト終わりの俺はーーーーガチャ、とノブをひねり、アパートの玄関のドアを開けて中に入る。 アパートの部屋は一般的なワンルームで、ここら辺なら家賃六万五千円ぐらいだが、この部屋は二万五千円だ。 なぜそんなに安いかというと、この部屋が事故物件だからに尽きる。 数ヶ月前にこの部屋に住んでいた人が、首吊り自殺したらしい。 それでこの部屋は他と比べて格段に安く設定されている。 ただ、らしい、とゆうのは俺も詳しくは聞かされてないからだ。 なんかあんまり詳しくは言えない決まりがあるそうだ。 まぁ俺も値段以外に興味は無かったから、迷うことなく即決した。 でも唯一困っているのがーーーーーーーー怪奇現象だ。 リビングでくつろいでいると、突然どこかでピシッ!!と音がしたり、トイレで用を足していたらガリガリ!とドアを引っ掻くような音がしたりする。 それが邪魔臭くてしょうがない。 別に怖さはない。 だって霊感ないし、幽霊がいたとしても所詮は元人間なんだからビビるほどのことじゃない。 ただ、睡眠とかを邪魔するのだけはストレスが溜まる。 といっても除霊する力ももちろんあるわけない俺は、家賃の安さと天秤にかけて我慢している。 ◇◆◇◆◇ そんな生活をしていたある日、テレビでこっくりさんの話をしているの見た。 それで俺はふと、『この部屋にいる何かとコンタクトが取れないか』と思った。 そしてスマホの目も機能を起動させ、テーブルに置く。 「幽霊さん幽霊さん、ここにおられるなら何か言葉をくれませんか?」 と独り言を呟いた。 「・・・・・・・・・・・」 しばらく経ってもなにも起きなかった。 さすがにスマホでは現代的すぎるかと、諦めてスマホに手を伸ばしたとき、タ、タ、タ、タ、と文字が打ち込まれた。 『出てけ』 まさかのコミュニケーションに驚きつつ、それを見て俺は答える。 「いやいやいや、ここはもう俺の部屋だから」 『呪うぞ!』 「出来るならとっくにやってるだろ」 『・・・・・・・・・・・』 ピシッ!ピシッ!と窓が軋む。 「割れるからやめろ」 ーーーーで、あるからしてーーーーなんでやねん!ーーーー私はこの水ーーーー。 「チャンネル変えるなよ」 『わたしを怒らせるな』 「そっちこそ、あんまりイタズラが過ぎると除霊師を呼ぶぞ」 『・・・・・・・・』 「とりあえず同居人として穏やかにいこうぜ、俺も長居するつもりは無いからよ」 『・・・・・・・わかった』 この日から、俺と幽霊の生活が始まった。 幽霊の名前はゆかりといい、この部屋で自殺した人だ。 ゆかりとのやりとりはスマホを通じてしている。 といっても特に話すこともないからめったにしないが。 だが、やりとりをするようになってから、怪奇現象ーーーーとゆうかゆかりのイタズラが増えた。 勝手にレンジのタイマーをいじってやけどするくらい熱くしたり、見たい番組のチャンネルに勝手に変えたりだ。 悠々自適な一人暮らしができると思ったのに、騒がしいくらいだ。 そんな生活が数週間過ぎた頃ーーーーアパートの取り壊しの話を大家さんから聞かされた。 なんでもここを取り壊して高層マンションにするらしい。 早めに出てくれたら別の住む場所とちょっとしたお金を出してくれるらしい。 その事をゆかりに伝えると『・・・・・・・・・』となにも言わなかった。 幽霊のゆかりにとって、ここが無くなったらどうなるのかなんて俺には分からない。いや、ゆかりにだって分からないだろう。 消えるのか、この世をさまようのか、どちらにしても変わるしかない。 俺はふと、ゆかりに未練でもあるのかと聞いてしまった。 するとゆかりは『親に謝りたい』とスマホに打ち込んだ。 詳しく聞いてみると、どうやら首吊り自殺をした場合、部屋の片付けなどは警察じゃなく家族、もしくは依頼された業者がするらしい。 ゆかりの場合はお父さんとお母さんが来て、泣きながら掃除をした。 そんな両親の姿を、幽霊になったゆかりは見てたそうだ。 そのときになって、死んだことを後悔したんだと。 「・・・・・・・・・」 だから俺は、ゆかりに手紙を書くことを提案した。 さすがにスマホを見せて話させるわけにもいかないし、ましてや娘さんと暮らしてますなんて言えるわけもない。 だけどゆかりの想いを届けることぐらいは出来る。 俺の提案に少し間を置いてから、ゆかりは『うん』と答えた。 次の日に、俺は近くの雑貨も扱う本屋でいろんな種類のレターセットを買ってきた。 ゆかりはその中からたんぽぽのイラストが書かれたレターセットを選ぶ。 文字はゆかりがスマホに打ち込んだものを俺が書き写す。 そのとき文字が下手だと何度も注意された(うるせぇ)。 そんなやりとりを何度も繰り返して、ようやく手紙が完成した。 善は急げと二日後のバイトが休みのタイミングで、家から出られないゆかりの代わりに、ゆかりに教えてもらった実家へ電車で向かった。 ゆかりの生まれ育った町は田んぼが多くて、のどかな所だった。 勝手に生きてた頃のゆかりを想像して、なんか・・・・・寂しくなった。 ゆかりの実家はよくある一軒家で、表札には両親の名前とゆかりの名前が書いてあった。 チャイムを鳴らしてインターホン越しに「はい?」と聞こえたゆかりのお母さんらしき女性に、ゆかりの友達だったと伝えると、すぐに出てきてくれた。 ゆかりの姿を見たことのない俺からすると、面影があるのかはわからなかった、けど、優しそうなお母さんだった。 娘さんが亡くなる前に手紙を預かっていたことを伝えると、 「お線香でも・・・」と家にあげてもらった。 案内された仏壇には、ゆかりの笑った顔の写真が飾ってあり、お母さんによく似ていた。 ゆかりのお母さんは、俺が渡した手紙を受け取り、その場で読み始めた。 代筆して手紙の内容を知っている俺は、無言で出されたお茶を飲んだ。 ゆかりのお母さんは、時おり泣きそうな顔をしながらも涙をこらえて手紙を読み続けた。部屋の中は静かで、外から子供の遊んでいる声が聞こえてくる。 「届けてくれてありがとう」 手紙を読み終えたお母さんがお礼を言う。 俺は少しばかり話をしたあと、アパートへと帰った。 アパートへ帰るとすぐにスマホが鳴り、ゆかりから『・・・・・・どうだった?』と聞かれる。 だから、お母さんが泣いていたこと、手紙を喜んでくれたこと、子供の時に怖い夢を見てお母さんに泣きついた話なんかを伝えた。 『お母さんそんなことまで話したの!?』 とゆかりは怒った。でもすぐにーーーー 『ーーーー届けてくれてありがとう』 とお母さんと同じことを俺に言った。 やっぱり親子なんだなと、俺は少し笑った。 ーーーーそれから数ヶ月後、アパートの取り壊す日を迎えた朝。 アパートに暮らしているのは俺だけだ。 俺が最後まで残ったから。 さすがに俺一人で取り壊しを中止させることも出来るわけもなく、せめて引き伸ばすのが限界だったが、それも明日で終わりだ。 荷物のほとんどは引っ越し業者に運んでもらい、俺はショルダーバッグに貴重品を入れて持っていた。 殺風景な部屋を出て、玄関で靴を履き、つま先をトントンと地面を叩く。 俺は振り返り、話しかける。 「少しの間だったけど、にぎやかで楽しかったぜ」 スマホが鳴る。 『・・・・・・ひまつぶしにはなった』 今となったら、こんなメッセージもゆかりなりの強がりなんだなとわかる。 「もしさーーーーーーーー」 俺は、取り壊しの日が近づくにつれてずっと考えてたことを伝える。 「ーーーーーーーーアパートが取り壊されても成仏出来なかったら、俺のアパートに来て・・・・・・いいからな」 『・・・・・・・・・・・・・』 返事はない。 「じゃあいくよ」 ドアを開けて部屋を出て、鍵を掛ける。 ーーーーピコン! スマホが鳴る。 『生まれ変わったら、会えるかな?』 その文字を読んだ俺は、ドア越しに部屋に叫ぶ。 「会おう!絶対!待ってる!!」 ドアを開けることは出来なかった。 だって、こんなボロ泣きしてる情けない顔は見せたくなかったから。 ーーーー生まれ変わりがあるのかどうかなんて俺には分からない。でも、こんな不思議なことがあったんだ、もう一度会うなんて難しくないと思う。 きっとゆかりは俺のことなんて覚えてない。でもいい。 ただ、また会いたいんだ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加