「俺のうちに彼女がいる」

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「俺のうちに彼女がいる」

 竹宮美春は、清楚な雰囲気を醸し出すその美貌と関西弁とのギャップで人気を集めていた。その一方で、歌やダンスは今ひとつで、裏では「しょせん顔だけ」などと言う者も多かった。  それを知っていたからこそ、娘を金づるとしか見ていなかった美春の両親は事故で顔が変わってしまった彼女にあっさりと見切りをつけたのだ。そして、元々ある程度顔が似ていた美春の妹に整形を受けさせて替え玉に仕立て上げようとした。  当の妹も、これまで姉が稼いでいた分の金が家に入らなくなって生活レベルが落ちるよりはと、その提案を受け入れた。  これは俺の想像だが、その選択をした背景には金の問題以外に、コンプレックスの対象であった姉から全てを奪いたいという思いもあったのかもしれない。  笠井をはじめとする所属事務所の人間達も、美春に今脱けられてしまうのは痛いが、かといって見る影もない顔になってしまった本物を復帰させるわけにもいかないということで、竹宮家の提案に乗った。    誰も彼も、美春の顔と、稼いでくる金のことしか見ていなかったのだ。  美春のファンを自称している連中だってそうだ。肝心の美春がすり替えられているというのに、誰も気づく様子が無い。  まったく、ひどい話だ。  しかし何よりひどいのは、顔が変わってしまった上に家族から見捨てられたショックで精神を病み記憶障害を起こしてしまった美春を、あっさりと俺の手に委ねたことだろう。  俺のうちで美春を預かりたいと提案しに行った時、他ならぬ俺自身が最初はにべもなく突っぱねられるだろうと思っていたのだ。  なにせ事故以前、本物の美春がまだアイドルとして活躍していた頃は、竹宮家の人間達は俺のことを美春のストーカー呼ばわりしていたのだから。  無理をおして美春を俺のうちに迎え入れるため、説得や取引のための材料をいろいろと用意しておいたのに、それらが全て不要になって俺の方が逆に面食らったくらいだ。  俺が実際にはストーカーなどではないから良かったものの、もし本当にストーカーだったら、そんな男の手に委ねられた美春は可哀想なことになるところだった。本当にひどい話だ。  やはり、美春のことを真に愛しているのは俺しかいない。  俺は……俺だけは、他の連中とは違う。  美春の顔が変わってしまったって、関係無い。  俺のうちに、美春がいる。それだけで、俺は幸せだ。
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