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「ウチのうちにウチがいる」
「もしもし、笠井君? ウチや、ウチ」
電話をとると、開口一番に言われたのがそれだった。
「うちうち詐欺なら間に合ってます」
「声で分かるやろ!? ウチやって、竹宮美春」
俺が電話を切るとでも思ったのか、通話相手は慌てて名乗りをあげる。電話の向こうで焦る姿が目に浮かぶようだった。
「……それで、その竹宮美春さんがいったいどういった御用件でしょうか?」
「そう、それやねん。笠井君、どないしよ。ウチのうちにウチがおるねん」
「あなたの家にあなたがいるのは普通のことじゃないですか」
「そういうことちゃうねんって!」
「じゃあ、どういうことなんです?」
「せやから、ウチのうちに、ウチがもう一人おるねんて」
「もう少し詳しくお願いします」
「詳しくも何も……今言うたまんまやって。うちに帰ろうとしたらウチの部屋の電気がついとって、それでふと見たら窓の向こうにおってんって、ウチが。笠井君、どうしよ。これドッペルゲンガーいうやつかな? ウチ、死ぬん?」
「落ち着いてください。遠くから窓越しに見ただけなんでしょう? 妹さんとかじゃないんですか?」
「そら美冬はそこそこウチに似とるけど、いくらなんでもあそこまでそっくりちゃうって! 髪形もちゃうし、それにいたんも美冬やなくてウチの部屋やった。あの子、ウチのこときろーとるからウチの部屋になんか入らんって」
「それじゃああなたは、竹宮家に間違いなくもう一人の自分がいるって言うんですね?」
「せやから、さっきからそう言っとるやん!」
彼女はだいぶ混乱しているようだった。これは早めに対処した方が良さそうだ。
「……分かりました。今からそっちに行くんで、そのままおとなしくそこで待っていてください。良いですか、勝手に余計なことをしないでくださいよ? もしドッペルゲンガーだったら、遠くから見ているだけなら大丈夫でも、近くで顔を合わせたりしたら本当に死んでしまうかもしれませんからね?」
俺が半ば脅すようにそう言うと、彼女は気圧された様子で返事をした。
「わっ、分かったわ」
「分かれば良いです。では、いったん電話を切りますね。二十分くらいでそっちに着くと思いますから、くれぐれもおとなしくしておいてくださいよ」
電話を切る前に、もう一度念押しをしておいた。
もっとも、仮に〝もう一人の竹宮美春〟と顔を合わせてしまったとしても、それで彼女が死ぬことなどあり得ないが。
この世には、ドッペルゲンガーなどというものは存在しないのだから。
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