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窓に広がる四角い空が、燃えるような赤色に染まっていく。危険を知らせる赤信号のよう。先に進んではいけないと、警告している。
あなたに言われるがまま、机の上に腰掛けた。宙に浮いた足をぶらぶらさせてあなたを見上げる。教師と生徒の距離じゃない。男と、女の距離感だ。
あなたはカーテンを開くように、わたしの髪を掻き分けた。
「おやおや、これは綺麗なうなじ」
「それはどうも」
首の後ろであなたの声がする。吐息がかかってぞくぞくした。
「髪で隠れてるのがもったいないね」
「だって、あんまり見せつけるものでもないでしょ」
「分かってるね、君」
突然首の後ろに痛みが走って、わたしは「う」と呻いた。噛みつかれたのだ。
「感じちゃった?」
「これはね、痛がっているんです」
「ごめんね」
あなたは悪びれる様子もなく、もう一度うなじを甘噛みした。優しい痛みが針のように神経を刺す。
「遠坂、ちょっと細すぎじゃない? 何食べてるの?」
「野菜と果物」
「肉を食べなさい」
「脂っこいもの、だめなんです」
「女子だねぇ」
ねっとりとした声にぞくりとした。男の指。男の声。男の吐息。全てが気持ち悪かった。あなたはわたしの反応を楽しむように、人差し指でうなじをなぞった。
「遠坂って、着物とか似合いそうだよね。大和撫子って感じ」
「たまに着ますよ。茶道、やってるんで」
「うそ」
「わたし、茶道部なんです。担任なのに知りませんでしたか」
「生徒ひとりひとりの部活を覚えられるほど、頭よくないんだよ。今日、部活は?」
「ありますよ」
「サボり、よくない」
「先生がサボらせたんです」
「ひどい言いがかりだなぁ。あ、写真撮っていい?」
「だめ」
わたしはすぐさま振り向いて、携帯電話を取り出そうとしたあなたの手を制した。
「どうして?」
「コレクションの一つになんて、なりたくないんです」
わたしは両足を床に着けて、あなたを真正面から見据えた。
夕焼けに染まったあなたの顔は、憎らしいほどきれいだった。別に好みの顔とか、そういうわけじゃ全くない。ただ、たまたまこの教室にわたしがいて、あなたがいた。この端正な顔立ちの男を、ちょっぴり困らせてみたくなったのだ。
「見たくなったらまた呼んでください。朝でも昼でも夜でも。わたしは、先生の手が届く距離にいますから」
脅迫するようにそう告げると、あなたは一瞬驚いたあと、「お前、ちょっと病んでるよ」と、引き気味に笑った。それから手元にある携帯電話をわたしに向けて、
「とりあえず、連絡先交換しよっか」
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