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その日の放課後、あなたはわたしを教室に残した。昨日と同じふたりきりの空間。夕日に染まった赤い空。生ぬるい風。無口な机。昨日とは少し違う、わたしとあなたの関係。隠れて休憩してきたのか、あなたからは煙草のにおいがした。
「満点、おめでとう」
そう言ってあなたが差し出したのは、今日行ったばかりのテストだった。
「早くないですか」
「凛子ちゃんの分だけ先に採点したの」
どう反応するのが正解なのか分からなくて、無言で解答用紙を受け取った。100という点数を、こんなに誇らしく感じたことはない。よかった。いつもの3倍勉強したかいがあった。
「すごいね、頭いいんだ」
「一応、首席なんですけど」
「ああ、知ってた知ってた」
「嘘でしょ、忘れてたでしょ」
「だって俺、君に興味ないから」
会心の一撃!
わたしの小さな胸に200のダメージ。
傷つくのも癪なので無視することにした。そうだ、今はそんなことよりも。
「ご、ご褒美ください」
しまった、緊張で声が上ずってしまった。ああ、どうしよう恥ずかしい。こんなことで照れるようなキャラじゃないのに。テスト用紙を持つ手に力がこもって、100の数字がくしゃりと潰れた。あなたはうーんと唸ってから、思いついたようにわたしの頭に手を乗せた。
「おお、よしよし」
「……なんです、これは」
「ご褒美。愛情いっぱい」
「足りません」
わたしは無表情であなたの手を振り払った。ぼさぼさになった髪を整えて、もう一度、ねだるように上目遣い。女の必殺技である。しかしあなたには逆効果だったようで、面倒そうに頭を掻かれた。
「じゃ、何したら満足してくれるの」
ああ、まずい。何か言わなければ。そう思って口を開くけれど、あれほど言いたかった言葉のはずなのに、すんなりと声には変わらない。
「……手を」
狭い軌道から絞り出した声は、笑っちゃうくらい弱々しかった。
「手を、繋いでほしいのです」
あなたはびっくりしたように目をぱちくりさせて、
「それだけ?」
なんだか照れくさくなって俯いた。心臓が誰かにつかまれたように痛い。あなたはなかなか返事をしてくれない。早く終われ。沈黙よ、終われ。
ふふっとおかしそうな声が聞こえた。顔を上げると、目を細めたあなたがいた。バカにしてるんですか。そう言いかけたわたしの手をそっとつかんで、
「かわいいね、凛子ちゃん」
「……気づくのが遅すぎます」
重ねたあなたの手は思ったより大きくて、思ったよりずっとあたたかかった。初めて感じる、男の人の手。ぬくもり。愛情なんてないけれど、これがわたしの好きな人だと、錯覚してしまいそうになった。薬指にはめた結婚指輪を、うらやましいと思った。
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