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ヒナタが事故にあってから、一ヶ月。
あと数日もすれば学校がはじまる。いつも通りであれば二人で登校するはずだった。
隣にいるはずのヒナタがいない。僕の隣にある空白に心細くなる。
あの夜、追いかけていくヒナタをとめなかったのは僕だ。ヒナタが事故にあったのは僕のせいだ。ヒナタは僕の代わりに怒って、男の子を追いかけたのだ。僕が滅多に怒らないのを、ヒナタは知っていたから。
僕は残りの夏休みを楽しむ気になれず、ずっと家に閉じこもっていた。
そんなとき、ヒナタのおじいさんから電話がきた。
「ひまわりが咲いたようだ。見に来なさい」
言い方は優しかったが、どこか強制力のある言葉に、はいと答えるしかなかった。
おじいさんに合わせる顔がない。僕はヒナタをあんな目にあわせたのだ。責められるいわれはあれど、優しくされるいわれはなかった。誰かが僕の顔を見ているのではないかと思い、電車に揺られている間ずっとうつむいていた。
そうして再びやってきた、ヒナタのおじいさんの家。
「いらっしゃい。コノハくん」
玄関先に迎えに来てくれたおじいさんは、やはりあたたかい微笑みで出迎えてくれた。
「ヒナタが植えたひまわりが咲いたそうなのだが、植えていない私には見えなくてね。君に確認してほしいんだ」
「でも、この前植えたばかりじゃないですか。そんなに早く咲くわけないし、季節だって……」
「魔法のひまわりだからね。どれだけ真剣に祈ったかで、ひまわりの咲き方は決まるんだ」
おじいさんは説明をしながら庭先へ案内してくれる。すぐに庭へ出られるようにサンダルを片手に持ち家の中を歩いた。そうして、みんなで並んでスイカを食べた縁側にたどり着いた。
庭先には、今まで見たことのないほど大きいひまわりが咲いていた。
そして、そのひまわりの前に、見知った少年の影があった。
「ヒナタ!」
サンダルを放り投げて、裸足のまま庭へ出た。小石が足の裏にひっついた。名前を呼べば、松葉杖をついた少年はこちらを振り向いた。
ヒナタは目を見開いて、それから不敵に笑った。入院生活のせいか、前よりも幾分か痩せていた。
彼に、謝らなくてはならなかった。
「ヒナタ、僕……」
「コノハ、見ろよ」
僕の言葉を遮って、ヒナタは僕に背を向ける。ヒナタの視線の先には、大きな一輪のひまわりがあった。
太陽が反射して、七色の光の粒がきらきらとこぼれ落ちている。黄金の花びらは薄いが、一枚一枚堂々としていた。花びらに透けた太陽が淡く波打っていた。
「――綺麗だ」
気がつけば、僕は自然と言葉を紡いでいた。ヒナタの隣に並んで、ひまわりを仰ぎ見る。僕とヒナタしか見ることのできないひまわりは、明るく凛と咲き誇っていた。
「な? 俺が祈っただけあるだろ?」
ヒナタは頬を紅潮させて胸を張る。その横顔は、ひまわりよりもずっと光り輝いていた。
だから僕は、言わずにはいられなかった。
「ありがとう。ヒナタ」
ヒナタはこちらに顔を向けて、ニッと歯を見せるのだった。
僕の幸せを祈って植えられた、一輪のひまわりがそこにあった。
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