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今週もようやく終わりだ。
弟が転がり込んできた翌日。残業なんか絶対しないと決めている金曜日。
足早に向かう場所は決まってる。このために平日は頑張って仕事をしているようなもんだ。
「ただいま!」
浮き立つ心を抑えながら、合鍵でドアを開けると、いつものように奥から出迎えてくれる。
「おかえり。」
落ち着いた声でぎゅっと抱きしめて、ちゅっとキスを落とす。いつもと変わらない。ホッと安心する瞬間。
「ほら、早く入れよ。」
頭を撫でて、そう言ってくれるのは、俺の……彼氏。
「今週も俺、超頑張った!」
「はいはい。わかってるよ。」
彼氏が褒めて受け止めてくれる。そして、週末は二人でベッタリと甘やかし合うんだ。
「昨日、急に弟が転がり込んできてさー。」
「弟?」
「うん。かわいい女の子になってた。」
「何だよ、それ。」
他愛もないやりとり。心休まる時間。今の俺の生活の中で、何よりも大切なものだ。
失いたくねー。
本気でそう思う。
もしもカミングアウトしたら?
弟どころじゃ済まないかもな。父さんには殴られるかもしれない。縁を切られるかもしれない。そうなったらそうなったでいいけど、って気持ちもあるけど、でも、俺にはまだ弟みたいな覚悟はない。
それに。
傍らにいる恋人の顔を見つめる。
俺がゲイだってカミングアウトしたら、こいつも同じ目で見られることになる。大事な人に悪意の目が向けられるのは……嫌だ。
「何だよ。じっと見て。」
俺は黙って恋人の首に腕を回す。
「キス、しようぜ。」
今日は甘えただな、と呟いたその唇に、俺の熱を伝える。
この世が俺らだけの世界になればいいのに。
もしも近い将来、誰かにカミングアウトするとしたら、まずは弟かな。
うちで過ごしてるであろうかわいい弟のことを思い浮かべながら、俺は恋人の頬に、そっと掌を添えた。
fin
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