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慌てて漁港の建物の影に隠れて隆一の様子を伺う。彼は暫く港をウロウロしていたが、人混みに紛れてしまったようですぐに姿が見えなくなった。
あれだけ真っ青だった空に段々と白くて厚い雲が増え天気が悪くなってきた。三時ごろ一雨くるかもしれない。
星砂荘に戻り、朝干したシーツを片付けている。
それにしても隆一は何しに来たんだろう。休暇?
でも隆一の性格からして一人で来るなんてありえない。
もしかして本当に私を迎えに来たんじゃ……。
でもそれもありえない。
あれだけ振り回して、お金使わせて、そんな女とやり直そうとする人間なんていない。私だってお断りだ。
でもどうして一人……もしかして例の駆け落ちした彼女と一緒に来たのかもしれない。
そう、きっとそうだ。ようやく自分が納得する答えが出せた。
「奥さんの誕生日祝い」で来たのかもしれない。
少し気まずいけど、まぁいいよね。
でも隣のあの部屋で泊まられたらどうしよう……さすがにそれは……ちょっと嫌だな。
今日はヘッドホンしながら寝るかな。そんなことを考えなていると、背後から聞き覚えのある声がする。
「奈緒!」
ドキッと鼓動が大きくなって体に鳥肌が立った。おそるおそる振り返ると数ヶ月前までは毎日のように見ていた見覚えのある人がそこには立っていた。
隆一は相変わらずお気に入りのブランドのTシャツとハーフパンツというラフな服装でブランドのロゴがやけに目立つサングラスを手に持っている。
「隆一……」
「奈緒、迎えにきたよ」
手からせっかく洗ったシーツが落ち、土まみれになってしまった。
隆一が何を言ってるのか理解ができなかった。遠くで雷鳴が聞こえる。三時を待たずに一雨くるだろう。
「お客さんかい?」
縁側で干物をほしていたおじいが隆一を見つけて声をかける。
「はい!今日ここに泊まります。奈緒の夫の隆一です。奈緒が本当にお世話になりました」
表面上の人当たりが凄くいい隆一はおじいに深々と頭を下げた。
おじいは一瞬唖然とした顔をして、持っていた洗濯ばさみをガシャーンと土の上に落としてしまった。
そりゃ落としたくもなるよね、けれども商魂たくましいさすがのおじい。すぐに洗濯ばさみをかき集めると、お客さん用の優しい笑顔に変わった。
「ほら、奈緒、早くお客さんを部屋に案内するんじゃ!」
おじいに急かされ、慌てて自分の仕事を思い出した。引き攣った表情で隆一の荷物を持つとわっとのことこう言った。
「……こちらへどうぞ……」
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