2.ようこそ甘島へ

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重いスーツケースを引きずりながら船を出ると、あの日となんらかわりのない甘島がそこにはあった。 白い砂浜にエメラルドグリーンの海が穏やかに揺れていて、九月に入ったというのに、真夏のように太陽がガンガンと照らしつけ、肌をじりじりと焼いている。 そしてかすかに吹く風が潮の香りを漂わせ、身体をリラックスさせてくれる。  この日の為に買った二十万円のパンプスを履き、思いっきり手を広げた。そしめ甘島の空気をたっぷり吸い込み、大声で叫んだ。 「甘島!帰ってきーたーよ!」 甘島から歓迎を受けているような気がした。今日から私の新しい生活が始まる。 「さようなら、東京!」 もう一度大きな声で海に向かって叫んだ。 「こんにちは甘島!!奈緒かえっーてき」 「邪魔だ!どけっ」  突然何かにぶつかられ、体勢が崩れて転んでしまった。そんな私の横を、台車を押した若い金髪の男が謝りもせずに駆け抜けていく。  「ちょっと!何なのよ!」 どれだけ叫んでも若い金髪男はこちらをみようともしない。一心不乱に高速船の方へと進んでいく。 「何なのあれ!許せない!」 すると背後から「ごめんね、栄太(えいた)は観光客のこと嫌いだからさ」と男の人の声がする。 振り返るとそこにはTシャツと短パンにエプロン姿の優しそうな若い男性がいた。名札がついていて海斗(かいと)と書かれている。 「この近くで黒糖カフェやってるからよかったら来てくださいね。黒糖工場併設カフェです」 ちらしを貰うと黒糖パフェや黒糖クレープ、黒糖アイスなどお腹が鳴りそうなスイーツが沢山あった。 思わず感嘆の声をあげるとその男性は「観光客人気No. 1だから」と得意気だ。 私は観光客じゃなくて、今日から島に住むと自己紹介しようと思ったが、男性はもう既に同じ船に居合わせたカップルの所に行ってしまった。 またさっきの金髪DQN男が猛スピードで私の前を台車を押しながら横切った。 「うわっ」 今度も一歩間違うとあいつとぶつかるところだった。あの男は船に何かを積み入れているようだ。 まるで私を物かなんかのように認識している。絶対に許せない。 自然とスマホを取り出し、隆一の番号にかけていた。 「もしもし、隆一!聞いてよ!」 「この電話は、お客様のご都合により」 聴きなれた機械的な声で我に返った。 「……島には嫌な人もいるんだね」 みんな人がよく優しい甘島、けども中にはやっぱり一人ぐらい嫌な人はいるんだ。 けれどもエメラルドグリーンの海、この青い空をみていたらそんな些細なことなんか気にならなくなってくる。 「甘島これからよろしくね!」  もう一度お腹の底からの大声で叫んだ。  九月の半ばということもあり、南浜は観光客が一人もいなかった。東屋で水着に着替えた後、南浜で私だけのプライベートビーチを満喫する。 泳いでいると私の足元をピンク色のかわいい熱帯魚が泳いでいた。少し泳いだ後、浜辺のデッキチェアに寝転がり穏やかに目を閉じた。  どれぐらい寝ていたのかわからないけれど、さっきと比べて太陽の位置が明らかに下がっている。  「そろそろ行くか」 浜辺からの坂道を民宿へと向かって登る。背中から太陽がガンガンと照りつけてくる中、汗だくで重いスーツケースと一緒に歩いた。 おじいに迎えに来てって頼んでおけばよかったな、そう思ったもののスマホの充電が切れているんだった。 十五分ほど歩くとやっと真っ白な星砂荘が見えてきた。暑さで星砂荘がゆらゆらと揺れて見えた。 「あと少し、頑張れ!頑張れ!奈緒!」 目指す星砂荘は坂のちょうど真ん中に立っている。外国の小さな白いお城のようなかわいい姿で、いつ見てもうっとりしてしまう。 門を開けると中庭で星砂荘のおじいがシーツを干しているのが見えた。久しぶりの再会に歓喜あまり、おじいの元へと手を広げて駆け寄った。  「おじい!久しぶり会いたかった」  「おぉ、尚ちゃん!久しぶりじゃな。よく来た!まずはパイナップルジュースでもどうじゃ?」  ってあの優しい表情で優しく迎えてくれるはずだった。 そこにいたおじいは険しい表情で私を睨みつけた。  「遅い!一時の船でくるはずや!何しとったんじゃ!」  「えっ……」 前に泊まりに来た時と違う声と表情のおじいを見て人違いかと思った。 けれども、この顔で星砂荘だし、おじい本人に間違いはなさそうだ。 ……この暑さで少し機嫌が悪くなってしまったんだろうか。
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