1.幸せの絶頂を襲った悲劇

2/8

111人が本棚に入れています
本棚に追加
/165ページ
そして会場に有名なウエディングソンのイントロが流れ出す。 なんて事ないほのぼのとした光景になると会場の誰もがそう思っていた。 イントロが終わり彼女達がマイクを握りしめた。 「奈緒は人の物を欲しがり屋、高校の時から誰かの彼氏を寝盗ること計30人、今回もやりましやってしまいました。親友の旦那に粉かけた」 メロディに合わせて替え歌にしている、そしてテンポよく違う友達が合いの手を入れる。 「やった!今回も略奪成功!」 私も含めて会場中の人が呆気にとられてこの様子を眺めていた。 その様子を感じ取り、満足気に親友グループは歌を続ける。 「私はとにかく人の物が素敵に見えるの」 「他人がどれだけ不幸になろうが私が幸せだったらそれでいい」 違う友達がまたテンポよく合いの手を入れる。 「趣味は男漁りです」「今まで寝た男は50人以上」 ここでようやく式場のスタッフが彼女達を止めに入った。 音楽が中断して、会場に不穏な空気が流れる。薫子がまたマイクを握った。 「親友の旦那さんを略奪したあげく、こんな盛大な式をあげる、人をあれだけ傷つけておいて、こんなこと許されていいんですか?薄汚い結婚式は祝いたくないので私達はこれで失礼します」 彼女達のヒールの足音が会場に響き渡り、あっという間に会場を出て行ってしまった。 ほんの数分前まで親友だと思っていたのに…… 招待客の皆さんがあちこちで顔を顰めてヒソヒソ話をしているのが聞こえる。 親友に人生でただ一度だけの晴れ舞台を台無しにされ、幸せが音を立てて崩れいこうとしている。 司会者がフォローするように声を張り上げた。 「新婦友人の皆さんによる余興でした。続きまして、ウェディングケーキに入刀です。皆さん是非間近で二人の写真をおとりください」 司会者がそう言っても誰も私たちに近づこうとはしない。 その瞬間、生まれ持って頭が悪い私はようやく今のこの状況を理解した。 ここにいる人達はみんな私達を祝福しに来ている訳ではなく、仕事上や親族の付き合いの為に仕方なく出席しているのだと。 「前の奥さんが気の毒」「前の奥さんの方が美人なのにどうして?」「不倫するような女はやっぱりああなのよ」 やたらと大きいヒソヒソ話が私を苦しめる。けれど隆一は何も聞いていないかのようにある一点を見据えている。 すると同じ歳ほどの女性が「是非お二人の様子間近で見させて下さい」と会場後方から手を挙げた。 救世主が現れた。 その人のお陰で幾分か会場の空気が和らいだ気がする。これで結婚式が続けられるかもしれないと一筋の光が見えた。 しかし、何故だか隆一は涙を流し震え出した。 その女性は高砂席に歩み寄ると「おめでとうございます」と言いながら、隆一の顔を引き寄せるとキスした。 会場が騒然とする。 突然のことにただ指を咥えてその様子を見ているしかなかった。 その女は力強く叫んだ。 「隆一、やっぱりこんな女とあなたを結婚させることなんてできないわ!世間体よりも真実の愛を貫くのよ!」 慌てて式場のスタッフが女を引き剥がしたが時既に遅し、会場は爆弾騒ぎでもあったかのように騒然としている。 隆一が女を押さえているスタッフの年配の男性を払い除けた。 「舞!俺は真実の愛を貫くよ!愛してる!」 そしてその女と隆一は安っぽいドラマのように抱き合いキスした。 会場はより騒然とした。 次の瞬間、スタッフの出入り口から屈強な若い男性が三人出てきて隆一と女は一瞬のうちにバックヤードへと連れて行かれた。 会場が騒然としている中、私は震えながら涙を流していた。 すると隆一のお父さんがマイクを握った。 「皆様、本当に申し訳ありません!本日の披露宴は中止と致します」 お父さんが深々と頭を下げると何故だか拍手が巻き起こった。 「不倫するような男は、結局不倫する」 誰か説教臭い偉い人の格言が頭によぎったのを最後にその後の記憶がない。
/165ページ

最初のコメントを投稿しよう!

111人が本棚に入れています
本棚に追加