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気がつくと控室のような場所で隆一の親族らしき人達二十人くらいに取り囲まれ責められていた。
「略奪婚なんかして幸せになれると思うなよ!」
「前の奥さん親友だったってどういうことだ?」
「恥を知れ!」
自分に言われている実感がなく頭の中を右から左へ通り抜けていく。冷房の効きが悪いこの小さな控え室で隆一を探すけれど、その姿は見つからなかった。
結婚式の当日に他の女と逃げられる。
急に実感が沸き悲しみが押し寄せてきた。
「酷いよ、浮気してたなんて」
そう叫ぶと隆一のお母さんが鬼の形相に変わった。
「被害者ぶるな!人の物盗るから盗られただけでしょ!今日の結婚式も「厚顔無恥」ってどれだけ影で笑われてるのかご存知?薄汚い女狐にはお似合いの顛末ね!」
隆一のお母さんも不倫略奪の末に結婚した癖に偉そうに講釈を垂れた。
けれどそんな事よりもただ隆一が恋しかった。二人で過ごしてきたこの二年間は何だったのだろうか。
最初は確かに不倫だった。けれど真実の愛で結ばれ心から愛し合っていたはずなのに。
いつからあの女と付き合っていたのだろう。
必死に記憶をたぐり寄せた。あの女は舞という名前で職場関係者の席にいた。おそらく木下舞という名前で同じ課にいる高学歴の同僚女性だろう。隆一が前に学歴をひけらかす嫌な女だと教えてくれた。
隆一はどうしてあんな女と?
マリッジブルーと呼ばれる類のもので一時の気の迷いなのだろう。一回の過ちぐらい許すから私の元に帰ってきて欲しい。
大きなため息をついた。
突然、隆一のお父さんが部屋中に響き渡る声で怒鳴った。
「こんな大恥かかされて息子はもう勘当する!木下舞も会社にいられないようにしてやる!」
「そんな……お父さんが隆一のこと勘当したら私はどうやって生きていけばいいの?」
隆一のお母さんがそんな私の杞憂を鼻で笑った。
「この後に及んでまだ隆一に寄生して生きていこうとしてんの?流石、大葉加高校出身は違うわね」
心臓をギュッと握られた気がした。
隆一やその親族に嘘をついていた。
私は大葉加高校の隣にある有名進学校の緑ヶ丘高校出身で高校三年生の時に両親が事故で亡くなったから大学進学を泣く泣く諦め派遣社員として働きはじめたと。
「嘘なんかついても身辺調査入れればすぐにわかるのよ!あなたバカなの?」
絶対にバレないと思っていたのに、何で世の中はこうも上手くいかないのだろう。
隆一の親戚筋が「おおばか高校?何なのその名前?さぞかしいい高校なんでしょうね」と好き勝手な噂話を始めた。
隆一のお母さんが私の元に一歩また一歩と近づいてくる。
「あなたは無職でギャンブル狂の母親とずっと築40年のアパートで二人暮らしだったんでしょ?そして大葉加高校卒業後、派遣社員として働いている。
そんな家の娘と隆一を結婚させるなんて格が違いすぎるでしょ?」
私のことをどれだけバカにされてもいい、けれどこれだけは許せない。
「一ついいですか?」
私が大声をあげると場が静まり返った。
「おおばか高校じゃなくてだいはか高校です!」
そう叫ぶと親戚の皆さんは何故だか余計に怒り出した。
そして私は「経歴詐称の慰謝料を請求しない代わりに二度と隆一に接近しません」との内容の誓約書にサインさせられ、式場を追い出された。
八月終わりの夜の新宿の街は暑く騒がしい。
すれ違う酔っ払いが「姉ちゃん、その頭だけ綺麗だな」と私を指さした。
ふと店舗のガラス越しにうつる自分を見ると普段着なのに頭はウェディング仕様に生花がセットされたままだった。
生花を地下鉄の構内のゴミ箱に捨て、またトボトボと歩き出した。
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