1.幸せの絶頂を襲った悲劇

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エメラルドグリーンの海に我慢できずに隆一が走り出し、海に飛び込んだ。 透明な水しぶきがばっちりメイクと日焼け止めを塗った顔にかかった。 「ちょっと隆一!」 隆一は私の声も気にせず海に仰向けにプカプカと浮いていた。照りつける太陽も気にせずに気持ち良さそうだ。 「はぁ、天国だ。奈緒もやってみろよ」 そっと海に入ると、隆一の言うとおりに浮き輪によしかかりながら目を閉じた。目を閉じているのに青い空、白い雲、エメラルドグリーンの海が見える。そして波の音が優しく私を包んでくれた。 「本当だ、天国」 けれど、すぐに現実に引き戻される。ここは東京のattack firstのオフィスの給湯室だった。 「藤田さん!!また給湯室でサボっていい加減にしてくれ!席を立ってから十分以上経ってるよ!!」 背後で部長がまた怒っている声が聞こえたけれど、不思議とそこまで気にならない。 いいじゃない、たった十分ぐらい。 スマホをポケットから取り出したけれど、隆一はおろか誰からの何の連絡もなかった。 お昼休みになると、いつも一緒にランチする派遣仲間の仲良し二人組が見当たらなかったので一人で会社の近くのショッピングビルに行った。 ふらふらと目的もなく歩いてみたけれど、ウィンドウに飾ってある華やかな物は私一人の月給をはるかに越えていた。 「今度、隆一に買ってもらおう」 そう言ってショッピングビルを後にした。 途中何度も何度もスマホをチェックするけれども相変わらず隆一はおろか誰からの連絡もない。 渋滞の大通りを救急車が大音量で駆け抜けていく。 「もしかして……隆一……事故?だから連絡をくらないのかな」 無性に心配になり、隆一に電話をかけたけれども昨日と同じ「お客様のご都合でお繋ぎできません」と無機質な音声がずっと流れているだけだった。 「あっ!そうだ!」 急に隆一がやっているSNSを思い出した。 SNS好きの隆一はしょっちゅうスマホをいじって、何かをつぶやいていた。 すると最新のつぶやきに「俺ようやく真実の愛に気づいた。婚姻届出さなくて良かった。舞TRUELOVE」と信じられない書き込みがあった。 思わず涙があふれ出る。 略奪愛というシチュエーションで頭がおかしくなってるだけ、それは真実の愛じゃないよ。 隆一、気づいてよ。 甘島に来て初日の夕方、私と隆一は迎えにきてくれた優しそうな宿のおじいの車に乗って、私達が住んでいる東京の話をしていた。 「ワシの息子もこの間から東京に働きに行きたい。自分のやりたい事したいってずっと言うとるんじゃ。……東京は何でもあってうらやましいの」  「おじい、そんなことないよ。確かに何でもあるけどさ、俺は何でもないこの島の暮らしの方がうらやましいよ」 隆一がそういうと、おじいはさみしそうに頷いた。  「ほら見えてきたわ!ここじゃ」  おじいが急に車を止め、前を指差す。そこにはおもちゃの家みたいな白くてかわいい建物がちょこんとたっていた。 綺麗に手入れされた中庭の先には、星砂荘とかかれた手作りの木の看板が控えめに門にかかっている。 「わぁ!かわいい。おもちゃの家みたい」 思わず歓声をあげるとおじいが嬉しそうに頷いた。 夕食は星砂荘に隣接した居酒屋でおじいの手作り沖縄料理を食べた。特にデザートの手作り黒蜜がかかったバニラアイスクリームがとってもおいしかった。 一口食べると口の中ですぐに解け、さわやかな島の香りがした。 「おいしい!」  思わずそう言うとキッチンで洗い物をしていたおじいがわざわざ出てきてくれた。 「これは、甘島の名産なんじゃ。黒蜜は女好きやさかい、かわいい女の子にはなおさら甘くなるんや」 「もう!おじいって口がうまいんだから」 隆一と二人で顔を見合わせて笑った。 東京に帰る日の前夜、オーシャンビューのベランダで隆一は私の肩を抱いていた。 「この島で奈緒と暮らせたらそれだけで幸せだよな」 私も隆一によりかかりながら相槌を打つ。 「人は優しいし、料理も美味しいし、時間はゆったりしてるし最高だよね。こんな島で暮らせたら幸せだよ」 どれだけ現実逃避しようとしても、すぐに現実に引き戻されてしまう。ここは大都会東京の中心地だった。 お昼休憩から五分遅れてオフィスへ戻ると部長からまたしつこくチクチクと言われた。 もう何もかも嫌だ。 甘島に行きたい  
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