1.幸せの絶頂を襲った悲劇

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部屋に帰って最初にしたことは星砂荘に電話することだった。どうせなら星砂荘で働きたいし、ダメでもあの優しいおじいなら他に仕事を探してくれるだろう。 電話が繋がるなり「おじい?星砂荘で働きたいんだけど」と勢いに任せて喋った。 私はまだ名乗っていない、おじいからするとどこの馬の骨だかわかっていない筈なのに「ちょうど息子東京行って困ってたんじゃ、いつから来れる?」と話がとんとん拍子に進んだ。 切る直前に名前を告げたけれど、おじいは私のことは覚えてはいなかった。 とにかく誰でもいいから人手が欲しかったようだ。 「住むところはあるし、食事も出す」 「うわっ、嬉しい」 甘島に呼ばれている。白い砂浜もエメラルドグリーンの海を思い出し胸が高鳴った。 結局会社には支給されている備品を返しに行かなければならず甘島に行く前日に一度attack firstに足を踏み入れた。 久しぶりにオフィスに入ると部長以外の誰も私と目を合わせようとしなかった。そこにいない人かのように扱われている。 「それでその甘島に行くの?」 部長が呆れ顔でこう言った。 「はい、そこなら本当の自分に出会えて自分らしく暮らせると思うんです。東京は私には合わないから」 「……そう、契約期間の残りは有給扱いにしておいたから……まぁ頑張って」 てっきり契約解除で違約金がなんとかかんとかで今月分の給料を貰えないだろうと思っていたから、凄く嬉しかった。 部長って意外といい人なのかもしれない。 貯金が現在5万円ある、給料をもらえるから今月分22万円を余計に使える。 甘島までの運賃が5万円、色々必要になるかもしれないから、10万円はとっておこう。 残り12万円くらい使っても大丈夫だ。 なんてたって住み込みで食事付きなのだから。 帰り道、ヒルズになんとなく立ち寄ると一つのパンプスに一目惚れした。 22万円の新作だったけれど、どうしても欲しくてカードで買った。航空運賃と合わせて今月のカード限度額30万円ギリギリだったけれどちょうど買えた。 甘島によく映えそうな真っ白の綺麗なパンプスだ。見てるだけでニヤけてしまうほど素敵だった。 いよいよ明日から甘島に住むのだ。期待に胸が躍る。 綺麗な海を見て美味しいものを食べて優しい人に囲まれて過ごすのだ。 こんな幸せなことはない。 何にもない部屋でスマホの画面に向かって叫んだ。 「甘島!!奈緒、明日行くからね、待っててよ!!」
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