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2.ようこそ甘島へ
船が大きな波にぶつかり、船体が上がったと思った次の瞬間、あっという間に落ちた。ただでさえ空気が悪く狭い船内で重力を思いっきり全身で受け止め、ひどい頭痛と吐き気がますます酷くなった。
「前はこんなに揺れなかったのに!」
人が十人くらいしかいない船内に響きわたる声で思わずそう叫んだ。
「姉ちゃん、前って八月じゃろ?ここらへんはな八月だけは海が落ち着いてて揺れんのじゃ!」
前の席に座っていたおじさんが親切にも教えてくれた。よく見ると羽田から那覇への飛行機でも一緒だった人だ。東京人っぽい感じだけども、言葉とかアクセントが島の人の感じがする。普段東京で働いていて、島に里帰りするんだろうか。
船がまたエンジンを止めた。大きな波が来るのだ。一瞬、身体が宙に浮き、ガクンと下がった。ダメだ、もう限界。
「ビニール袋が必要な方いらっしゃいますか」
少し顔色の悪い船員さんが柱につかまりながら袋を配りに来た。その後はどれだけビニール袋に感謝してもしきれない。
幸いな事に三人掛けのその他の二席はそのまま空いていたので倒れ込むように横になった。
隆一からは何の連絡もないままだ。今日、東京の部屋を引き払う前に一度、隆一の部屋まで行ってみたが、どれだけ呼びかけても隆一は出てきてくれなかった。部屋の電気はしっかりついていたのに。
また船がエンジンを止めた。大波が来る。
「はぁ」
声にならない叫び声が口から漏れでたけど、今の私にはどうにもならなかった。次の瞬間身体が再び宙に浮いたような気がする、でもさっきよりは横になっている分、まだ楽だ。
実は靴の他にも甘島で着る洋服を何着か買ってしまった。普段使ってるやつは買えなかったので靴を買ったのとは違うクレジットで買った。計十万円、引き落としは来月になるからその頃には星砂荘からの給料も入るし何とかなるだろう。
どれも原色の少し派手な物だったけれど、甘島にぴったりのお洋服だった。
洋服に合わせた小物も色々買ってるうちに元々ない貯金が本当になくなってしまった。
残高は四百三十五円、おまけに来月には航空券や靴や洋服の代金、諸々四十万円近くの支払いがある。
どうやって生活していけばいいのかわからない金銭状況だけれど、甘島では住む所、食事付きの仕事だからそんなこと気にしなくてもいいだろう。
甘島に行けばきっとすべてがうまくいく。
そんな気がしていた。
港を出発して一時間ぐらい経っただろうか、急に船の揺れが止まった。ゆっくりと座席から起き上がり、水しぶきだらけの窓を覗くと、空はどこまでも深い青色で、黒色だった水面はエメラルドグリーンになっていた。
「あっ!着いた……やった……!」
船がコンクリートでできた簡単な造りの港にゆっくりと入っていく。船のエンジンが止まると、船舶会社の人がロープを停留所の石にグルグルと巻きつけている。
今まで無音だった船内に急に三味線の音色が奏でる南国っぽい音楽が流れ始めた。
「本日はご搭乗いただき誠に有難うございます。途中揺れの激しい場所がございましたが、お体の調子はいかがでしょうか。地球上の楽園、甘島のご滞在をどうぞお楽しみください」
「はーい!やった!」
嬉しさを抑えきれなくなり、船内放送に大きく手をあげて返事をすると前の席にいたおじさんが振り返った。
「観光客はいいのぉ」
「えっ?」
次の瞬間、おじさんはもうそこにはいなかった。おじさんを探すと、いつの間にか入口でドアが開くのを待っていて、外には母親らしいおばあちゃんが扉を開くのを今か今かと待っていた。
「何?今の?まぼろし……?まぁいいや」
入り口があき、一気に南の島のなんともいえないムッとした空気が船内に流れ込んでくる。自然と歩幅が大きくなり入り口を目指した。
一歩外へ出ると強烈な日差しで一瞬視界を失う。そして数秒後、目が慣れると視界一面にエメラルドグリーンの海が広がっていた。
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