1.幸せの絶頂を襲った悲劇

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1.幸せの絶頂を襲った悲劇

ここは新宿にある五つ星ホテルの三十階にある宴会場、高砂の間だ。 大きなガラス張りの窓からは東京の街並みが一望できる。夏休みの終わりの日曜日らしく階下では豆粒のような人が慌ただしく動いていた。 憧れていたブランドの純白のドレスを身にまとい高砂席で幸せを噛み締めている。 この日の為に半年も前から準備に準備を重ねてきた。会場装飾、客席配置、料理のコース、飲み物に至るまで何回もプランナーと打ち合わせし、決定に至った。 夫の隆一の仕事関係者が五十人、夫の親戚が五十人、夫の友人が五人、それに対して私は天涯孤独という設定になっているので親戚関係の出席者はおらず、派遣社員なので職場の人達には出席を断られてしまったし、友人も皆忙しく高校からの親友グループが5人出てくれただけだ。 けれど満足だった。 小さい頃からこの瞬間を夢見ていた。 純白のドレスを着て、沢山の祝福を受けながら愛する人と将来を誓い合う、こんな幸せなことはない。 今日、夫になる予定の隆一とは大恋愛をしてここまで漕ぎ着けた。 彼と出会ったのはちょうど二年前、今日来てくれた親友グループに昔いた真弓という友人の旦那さんだった。 海外転勤から帰ってきた真弓の旦那さんのお披露目も兼ねて、私達仲良しグループはバーベキューをした。 広い一軒家のよく手入れされた庭で真弓の夫である隆一と初めて出会った。 噂通りに隆一は素敵な人だった。 背が190近くあり、イケメン俳優にどことなく似ている美形の顔立ち、そして一流商社の勤務先。何より実家が勤務先の創業者一族でお金持ちの余裕を会話の端々から醸し出している。 隆一から目が離せなくなり、ずっと彼を見ていた。隆一の連れてきた友人達もいて親しげに声をかけてくるが、そんな人達は目に入らない。 バーベキューが終わる頃には完全に隆一を好きになってしまった。 あの人が欲しい、この豪邸に住みたい。 私には一つのポリシーがある。 「自分の気持ちには素直でいたい」 友達の夫だからとか関係ない。 だから私は行動を起こすことにした。 自分の顔立ちは平凡でありふれている、けれど私はスタイルが抜群に良い。これだけはあのロクデモナイ母親から遺伝した事を感謝している。 体のラインがでるタイトな服装をしていると、道行く男性からの視線をよく感じるし、男の人から声をかけられることが多い。 よくナンパされるし、飲み会でも連絡先をしょっ中聞かれる。なので男関係の人脈は広く、芸能人やスポーツ選手、実業家の飲み会によく声をかけられたりもする。 バーベキューの後半、家の中のトイレにいく時にたまたま隆一とすれ違った。会釈をして通り過ぎようとした彼の袖を引っ張った。 「今度、またみんなで遊びませんか?ライン教えて下さい」 それから先は、純粋に妻の友人だと信じている隆一を落とすのは容易い御用だった。 隆一に相談を持ち掛け二人で関わる時間が長くなると、友人と隆一は次第にギクシャクするようになった。 そして「困っている奈緒をほっとけないよ」と意図も簡単に隆一を手に入れることができた。 密会先の一流ホテルで「出会うのがもう少し早ければ」と隆一は悲しそうに呟いた。 隆一の背中を抱きしめて「私は二人でいられればそれだけで幸せ、奥さんのこと大切にしてあげて」と言えば隆一がまた抱きしめてくる。 今まで不倫は何回もしたことがあるけれど、こんなにアドレナリンが出る恋愛は初めてだった。 けれどそんな日々は長くは続かない。 隆一の帰りが遅いのを不審に思った真弓が探偵をつけ私と隆一が愛し合っている証拠をバッチリと押さえていた。 隆一と共に弁護士に呼び出された。 そこで隆一は奥さんに土下座した。 「許してくれ、奈緒のことを愛してるんだ。いくらでも払うから離婚してくれ」 あの真弓の能面のような顔は忘れない。仲間内で一番の美人でモデルもしている真弓に勝ったのだ。 言われるがまま書類にサインして高額の慰謝料を払わなければならなくなったけれど、仕方がない。 隆一が払ってくれるものだと信じていた。 けれど、隆一は「またお互いに働いて貯金しよう」と言うばかりだった、だから私が今まで貯めたなけなしの200万円を真弓に支払った。 まぁ、いい 隆一の実家は金持ちだから、いずれ援助がくるだろう。そう自分を納得させた。 隆一の父母はそれはもう激怒した、何度も付き合いに反対された。けれど隆一の父母も不倫からの結婚だったようで隆一がそれを指摘すると最終的には折れた。 そして半年前に婚約し、結婚の準備にとりかかる事ができた。 真弓はその後、友人グループを抜けた。その他の友人達は不思議とそのことを責めなかった。真弓なんかいなかったかのように振る舞っている。 私は異性の友人が多い、だから友人達にとったら真弓より私と友達でいる方がメリットが多いのだろう。 司会のアナウンサーが声高らかにこう叫んだ。 「それでは新婦のご友人の皆さんによる、歌です」 高校の頃からの親友たちは緊張した面持ちでステージ場に登る。 この結婚が決まった時にみんなに是非余興をさせてくれと頼まれたのだ。 友情に胸が熱くなる。 一番仲のいい薫子がマイクを握った。 「今日は奈緒のことを皆さんに知ってほしいと思って歌を作ってきました。みんなで心を込めて歌うので聴いて下さい」 会場から穏やかな拍手が聞こえてくる。
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