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男性に気を取られていると、目の前にワイングラスがコトリと静かに置かれ、そこに惚れ惚れするくらいに透明感のある朱色のワインが、ゆっくりと注がれていく。
可愛い小さな泡が、シュワシュワと音を響かせて、一気にグラスを賑やかにする。
「赤くてキレイな色」
「はい。コンチェルトは赤い色をしたスパークリングワインなんです。果実の凝縮感と、きめ細かい泡が見事に融合した、見た目の綺麗さに反した、少し辛口のワインです」
「あの、さっき、このワインが、私にピッタリだとおっしゃっていましたが⋯⋯」
「お客様が嬉しそうなお顔をされていたので、もしかして何かのお祝いではないのかと思いまして。大人の女性に似合うスパークリングワインを、選ばせていただきました」
「あの⋯⋯実は、今日が誕生日なんです」
「そうでしたか。おめでとうございます」
「ありがとうございます⋯⋯」
バーテンが深々とお辞儀をする。
一人で過ごす誕生日に、寂しい顔をしていなかったのなら良かった。
「軽食って、ここに書いてあるだけですか」
「はい。パニーニと、トラメッツィーノはお作りできますが」
「ピアディーナってありますか」
ピアディーナとは、母が作ってくれるイタリア料理の中で私が一番好きな思い出の料理。
生パスタのような生地に、チーズやハム、野菜などを挟んで食べるもの。日本で言う、 サンドイッチのようなもの。
元々は、ロマーニャ地方の南の端にある海辺の町、リミニ辺りが発祥の料理で、地元の人はピアーダとか、ピッダとも呼ぶ。
「申し訳ございませんが⋯⋯」
「そうですよね。もしもと思っただけなので、大丈夫です。ありがとうございます」
ピアディーナは家庭料理だから、店においていなくても、当然と言えば当然なんだが。
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