第5章 江ノ島 (4回目)

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 館内に入ると、なぜか入口近くの水槽を見ずにそのまま通り過ぎて、先へ誘導するように手を引いていく。  休日の水族館に訪れた多くの人の間を避けて、迷うことなくどんどんと進む。  無言のままこちらに振り向くこともなく、館内を進んでいくカズヤの背中を見ながら、必死について行った。  しばらく進んだ場所で立ち止まると、カズヤはクルっとこちらに振り向いて嬉しそうに微笑んだ。 「これこれ。サラに見せたかった場所」  カズヤの後ろにあったのは、球の形をした大きな水槽だった。  水晶玉みたいに透き通っている。  そして青い幻想的な光に照らされてユラユラと自由に泳ぎ回るクラゲがたくさん展示されていた。   そうだった。  遠足の時にどうしても見たかったのって、クラゲの水槽だ。   先生に見に行ってもいいかと訊いたら、今日は予定に入ってないからダメだと言われて、仕方なくみんなと一緒にイルカのショーを見た。  周りの子たちは、大声を上げたり笑い合ったりショーに大喜びだったけど、私はクラゲが見られなかったことが悔しくて、帰りのバスで泣いてたら、いつの間にか泣き疲れて寝ちゃったんだ。  なぜあんなに悲しかったんだろう。  クラゲを見られなかっただけなのに。  繊細に透き通った身体で水の中を縦横無尽に泳ぐ妖艶な姿。  もしかしたら、あのクラゲになってみたかったのかもしれない。 
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