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「私、ずっと忘れられない人がいるの。昔のことなんだけど。でもその彼のことを思い出してしまって。だからごめんなさい⋯⋯」
自分の気持ちをうまく言葉として言い表せないのが悔しくて、下唇を噛んだ。
俯いて呟く私の声が、車に叩きつける土砂降りの雨にかき消されそうになる。
「頭の中がごちゃごちゃしてて、ちゃんと整理ができなくて。本当にごめんなさい」
こんなことしか言えないなんて。
気持ちの半分も伝えられてない。
まるでギリギリで懸命にせき止めていた感情のダムが一気に開いてそこから水が押し寄せるように、私の頬を涙が溢れた。
するとカズヤの手に優しく引き寄せられ、彼の温かい胸にもたれかかった。
「ゆっくりでいいから。焦らせてごめん」
少しだけ速く上下するカズヤの胸はお気に入りの柔らかい毛布みたいに、私を優しく包みこんでくれた。
いっそのこと複雑に絡まった私の気持ちを無視して、カズヤがこのまま私をどこかへ連れ去ってくれたら、「私というもの」から逃れられるのかな。
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