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きっと私は、細いグラスの中で、まだシュワシュワと小さく音を立てる、ワインの魔法にかかってしまったんだ――。
グラスを手に取り、おもむろに席を立つ。
まるで彼の方へ引き寄せられるかのように、特に意識せずに身体が動き出した。
きっと、これは疲れのせいだ。
それか、自制心を失ってしまうほど、この場の雰囲気に飲まれているだけ。
そんな言い訳をしなければ、説明できないくらい、無意識に動いていった。
「ここ、いいですか」
見ず知らずの男性に声を掛けたことなどない私の口から、滑らかな言葉が溢れていく。
「もちろん、どうぞ」
まるで古い知人にするみたいに、ごく自然に引かれた椅子に、私は静かに腰を落とす。
再び重なった彼の眼差しは、身体の全ての器官に鈍い衝撃を与え、心の奥底に隠した弱さまでも見透かしそうだった。
どれだけ見つめ合っていたのだろう。
たぶん、ものの数秒なのに、まるで永遠のように、長く感じられる時間だった。
もしも、前世で結ばれていた相手と、再び会うようなシチュエーションがあるとしたら、きっとこんな感覚なのだろう。
いくら離れようとしても、勝手に引き寄せられるような、逃れようのない運命。
でも、普段とは明らかに違う感覚。
それは、ワインのせいだけじゃない。
映画のスローモーションのような時間を、脳内で味わっていると、突然聴こえてきた、彼の言葉によって、私は現実に引き戻される。
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