第6章 距離 (5回目)

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*  それから鳴らない携帯電話を睨み続けたまま、1時間が過ぎた。  和也くんが夢に出てくることなんて、最近は全くなかったからなんだか嬉しかった。  それも泣きじゃくった最後の別れのシーンではなくて、二人で笑い合った場面だった。  よくああして笑い合ってたのに、なぜあんなに悲しい別れ方になったのだろう――。  *  さっきまで音を立てていた時計の針の音すら止まったかと錯覚するぐらいに、変わらない風景のまま2時間が過ぎていた。   海に誘ってくれたカズヤが、まさか新江ノ島水族館を選ぶなんて想像もしなかった。  あのクラゲの大水槽を私に見せるために。  でも、おかしいな。  クラゲが好きなことを話してないのに。 「忘れられない人がいる」とカズヤに伝えたけど、本心はどう思ったんだろう。  待っていてくれるとは言ってたけど――。  少年みたいな屈託のない笑い方。  狂おしく突き刺さるような熱い眼差し。  暖かい日差しの様に包み込んでくれる手。 ――だけど、まだ知らないことばかり。   小学生の和也くんのことなら、彼自身よりも知っている自信はある。  でも幾度となく和也くんとの思い出を脳で再生していたから、映画のフィルムが擦り切れるみたいに所々の思い出が曖昧だった。  一番大切な和也くんの顔すらも、最近はぼやけてしまってハッキリと思い出せない。  和也くんの記憶の欠片は思い出の中にしまって、もうそろそろ前へ進へ進まなきゃ。   同じ名前のカズヤに出会ったことも、次の場所へ向かいなさいと、見えない誰かに背中を押されているのかもしれない。
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