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「イタリアンバーって、珍しいですよね」
「あぁ。ここって、イタリアンバーなんだ」
岸本さんは店内を軽く見回した。
常連客ではないのかな。
「私、イタリアで生まれて、しばらく向こうに住んでいたんです。ちょうど、小学生に上がる時期に、こっちに来て」
「じゃあ、イタリア語話せるんだ」
「残念ながら。読むことはできるんですが」
「子どものころだったら忘れちゃうよね」
「私の『サラ』って言う名前、イタリア語で、『お姫様』っていう意味なんです。父が付けてくれた名前なんですが、自分でその説明をするのがいちいち恥ずかしくて」
「可愛い名前だよ」
「やっぱり、恥ずかしいですね。イタリアにいたときの思い出も、実は、あまり残ってなくて。でも、ピアディーナという料理の記憶だけは、今もはっきりと覚えています。母がよく作ってくれた、思い出の料理なんです」
「それって、どんな料理なの」
「サンドイッチにも似ているんですが、薄いパスタの生地に⋯⋯」
「トマトとか、ハムを、挟むやつじゃない」
「えっ、岸本さんもご存じなんですか」
「あぁ、いや。似たような料理を、前に見たことがあってね」
「ピアディーナ、大好物なんです」
「へぇ、そうなんだ⋯⋯」
岸本さんが、私の好きなイタリアの料理を知っていることが、素直に嬉しかった。
懐かしい故郷の思い出を共有したような、そんな気分になれた。
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