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「そんなに見つめたら、恥ずかしいよ」
サラは照れくさそうに、俺に背を向けた。
「今、すごく幸せだなって、思ってさ」
「うん。私も。今日はこのまま、和也と一緒にいたいな⋯⋯」
いつもは内気で臆病で、心の内をあまり見せないサラが、素直に甘えて来てくれたことが、心底嬉しかった。
大袈裟でも何でもなく、奇跡だと思った。
溢れんばかりの喜びを、俺は心の中で静かに噛み締めていた。
――だが、決して忘れてはいけないルールがある。日付が変わる前までに、あのバーへ戻らなければならない。
『 必ず日をまたがず、日付が変わる前にお戻り下さい。戻ってこられなかった場合は――』
ルールを破れば、ペナルティがあることも、マスターから聞いている。
でもどうしても、今夜はこのまま、サラのそばにいたい。
たとえペナルティになったとしても、構わないと思った。
だから、大浴場を先に出て、俺は一人でフロントへと向かい、日帰りから宿泊へと変更をしていた。
「和也、どうしたの」
「うんん。このままずっと、サラの顔が見ていたいなって、思ってさ。ねぇ、サラ。今晩は、ここに泊まっていかない」
「えっ、でも。和也、仕事は」
「明日はオフだから。俺は初めから、そのつもりでいたよ」
「それなら、まだ一緒にいられるんだね」
「そうだよ」
「嬉しい⋯⋯」
サラをもう一度、強く抱き締める。
この腕の中に、しっかりと捕まえておかなければ、パッと姿を消してしまいそうで。
存在を確認するように、手に力を入れる。
もう二度と、俺を残して、どこか遠くへ行かないでよ。お願いだから。サラ――。
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