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その日は、なぜか、無性にどこかに行ってしまいたくなって、ふらっと自宅を出た。
自分の不安の影を隠してくれる場所を探していた。そんな場所、あるはずもないのに。
行き先も決めずに、夜空に浮かぶ満月をボンヤリと見上げながら、ただ夜の街を、あてもなくとぼとぼと歩き回った。
自分がどこの道を歩いているのかも分からなくなって、その場に座りこもうとしたとき、目の前にあった、月明かりにも似た店の照明が、俺を優しく見下ろしていた。
その淡い光に心惹かれ、引き寄せられるように、入口の扉に手を掛けた――。
その店の名前は、「FUTURO PASSATO」
どこにでもあるような、バーだった。
カウンターが何席かと、壁際にいくつか席が並ぶくらいの、こじんまりとした作りをしていた。常連客がゆったりと過ごすには、ちょうどいい雰囲気が漂う。
カウンターで、バーテンが、シェイカーを振って、客の酒を作っているところだった。
俺は何も考えずに、カウンターの一番端の椅子に、腰を下ろした。
「ようこそ、いらっしゃいませ。この店は初めてでいらっしゃいますね。もしお飲み物を迷っておられるのでしたら、ウイスキーのロックはいかがですか。ウイスキーには、リラックス効果がありますからね」
「⋯⋯ならば、それを」
周りからは、俺が、一体どんな風に見えているのだろう。
リラックスできる酒を勧められるほどに、酷い顔をしていたのかもしれないな。
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