第8章 追憶 (9回目)

4/24
前へ
/229ページ
次へ
 初めは、彼のその言葉の意味が、よく分からなかった。  なぜ、そう思うのか。  俺の何に対して、その言葉を言っているのか。  「会いたかったのに、会えなかった人が、その心の中におられますね」   その一つ前の言葉を、まだ頭の中で反芻しているうちに、さらに俺の心の中を覗くような、次の言葉が掛けられる。  この男は、何を知っているのだろう。  誰にでも言っているのだろうか。  だから、どうだと言うのだ。  会いたいのに、会えなかった人。  脳裏に浮かぶサラの笑顔が色を濃くする。  「いや、もしも、そんな想いがあったとしても、やり直せるはずもないですから。この世のものは、絶えず変化を続けていて、同じ場所に留まれないのが、この世の常です」 「『 諸行無常 』の考えですね」   俺の緊張を解きほぐすように、バーテンがニコッと微笑みかける。  「では、やり直してみますか」 「えっ、どういうことですか」 「言葉の通りです」 「いや、やり直すって言っても⋯⋯」   いよいよ、ストレスと疲れで、相手の話が理解できないような、酒の飲み方をするようになってしまったか。  無様だ。情けない――。  酔いを覚ますように、自分の頬を軽く両手で叩いた。 
/229ページ

最初のコメントを投稿しよう!

110人が本棚に入れています
本棚に追加