第8章 追憶 (9回目)

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 さっき、バーテンが言っていた通り、つき当たりの壁には、大きな鏡が掛かっていた。  その前で、自分の姿を映し、向かい合う。  ここに映るのは、本当の俺なのか。  別人のようにも思える。  もはや自分の存在自体が、曖昧なもののようにも感じられた。  こんな顔してたんだ。酷い顔して。  苦笑いをして、顎を撫でる。  こんな無様にやつれた奴が、サラのために何ができると言うのだろう。   鏡の取っ手は、一見しては分からないように、指が僅か2,3本入る程度の、隙間のようなものだった。   「⋯⋯これか」   カチャリ。  指を引っ掛け、力を入れて引っ張ると、思ったよりも軽く開いた。  すかさず扉の向こうの暗闇へと、身体を滑り込ませると、後ろで小さな音を立てて、扉が閉まる。  行く先が暗闇に包まれている階段の、両壁の照明がぼんやりと灯った。  そして、俺が一歩進むたびに、その動きに合わせ、明かりが徐々についていく。  だが、かなり薄暗く、1メートル先ですらも、はっきりとは見えない。  途中で言い知れぬ恐怖を感じて、後ろを振り返ってみたが、そこにあるのもやはり、漆黒の闇だけだった。  後戻りはできないってことか――。  しばらく続く下りの階段を、足元に警戒しながら慎重に降りていく。  この先に違う世界が存在するなんてことが、現実にあるのだろうか。  ――お願いします。10年前の9月24日へ連れていってください。  どうか、サラに会えますように。   30段ぐらい、階段を降りただろうか。  だんだんと霧が晴れていくように、視界が良くなり、正面に新たな扉が姿を現す。  これか。  さっきの扉とは、雰囲気が違う。  まるで安易に入ろうとする者を寄せ付けないような、かなり年季の入った、木製の扉だった。そこに黒く錆びた取っ手が付いている。それを、注意深く、強く回して開いた。 
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