第8章 追憶 (9回目)

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* 《 2020年9月24日→2010年9月24日 》  今開いたばかりの、扉の隙間からは、まるで昼間かのように眩く光る、オレンジ色の光が差し込む。  見覚えのある景色。  微かにジャズの音が聴こえ、見慣れたバーの空気感に、ホッと安堵する。  バーテンの言葉を信じていなかったわけではないが、それでも、この景色を見るまでは、胸の奥がキリキリと痛んでいた。  いや。もしや、同じ場所に戻ってきたなんてことは、ないだろうな――。  入口の扉から、一本道の階段を降りて、この扉に着いた。  理論上は、同じ場所であるはずはない。  扉の裏には、入口の扉の裏と同じ鏡が掛かっていた。  その鏡に映った自分は、さっきよりも、穏やかな顔つきをしている気がする。  やはり、本当の俺はどれなんだろうか。   タイムスリップをしたかどうかは、まだ分からない。だから、ここは慎重に。  店内の通路に出て、恐る恐る進む。  周りの風景は、たぶんあのバーだ。  カウンターにいたバーテンが、こちらの姿に気付き、ニコッと微笑んで頭を下げる。  やはり、さっきと同じ店に着いただけで、何も変わっていないんじゃないのか。  店内を見回してみても、サラらしい姿はなかった。ひとまず席に着いて、少し待っていたが、現れる様子も一切ない。  いっそのこと、目の前のバーテンに、サラの居場所を訊こうかとも考えたけど、これ以上頼るのも少し気が引けたので、やめておいた。  もしも、タイムスリップしていたとしたら、世界はどう変わっているのかが見てみたくて、一度、店の外に出てみることにした。
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