第8章 追憶 (9回目)

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 ついさっきまで、車の窓の外が木々で溢れていたのに、辺りは空を削り取るような、都心の高層ビル群が建ち並ぶ景色へと、様変わりしていた。  バーの近くにある駐車場に、車を停める。  サラはこれから起きることを想像して、緊張しているのか、口数が少なくなっていた。  バーの重い扉を開いて、店へ入ると、電気が消されて、マスターも客もいなかった。  サラを連れて、あの大鏡の扉を通り抜けることに、多少気が引けていたから、マスターを探さずに、そっと店の奥へと向かう。 「和也。この鏡が、過去への入口?」 「そうだよ」  二人で、鏡と向かい合う。  鏡に映るサラの表情は張り詰めている。  「なんだか、怖い」 「大丈夫。俺が一緒なんだから」 「うん⋯⋯」 「じゃあ、いい。行き先を強く思い浮かべながら、階段の一番つき当たりまで進むんだ。1999年の3月25日だからね」 「⋯⋯分かった。手を握っててもいい?」 「もちろん」  サラの手を取り、しっかりと繋ぐ。  鏡の扉を静かに引くと、用心深く階段を降りて行った。二人の足音だけが響き渡る。  いつもと同じように見えてきた階段下の扉を、強く押して開いた。 
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