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「眩しいっ!」
トイレの光に、思わず目を背ける。
ほろ酔いの幸福感が一気にシラケてしまうくらいの、強い蛍光灯の光が、容赦なく私の目を攻撃する。
辺りの眩しさに、少し目が慣れたころ、手洗い場の鏡を、恐る恐る覗き込んだ。
そこに映っていたのは、ファンデーションはひどく崩れ、涙で落ちたマスカラが、目の周りを黒く染めた、パンダのような情けない、自分の姿だった。
おまけに、泣き腫らした目は、ヒビが入ったガラスみたいに血走っている。
ワイン混じりの、小さなため息を吐いた。
こんな顔を彼に見せてたんだ。
もう、最低――。
これも「見ず知らずの男性の前で泣く」っていう、新しい経験なのだろうか。
やだやだ。
あのリストには、絶対に入れたくない。
崩れた化粧を直し、足早に席へ戻る。
すっかり酔いが覚めてしまったのか、もう床が動いては見えなかった。
「あれ⋯⋯」
さっきまで座っていた席には、ポツンと寂しそうな、飲みかけのウイスキーグラスだけが置かれている。
まるで、これまでの出来事が幻だったかのように、岸本さんは忽然と姿を消していた。
何が起こったのか、しばらく理解ができず、呆然とその場に立ち尽くす。
「お連れ様は先にお帰りになられましたよ」
バーテンの声に、ハッとする。
もしかして、私が泣いたりしたから、嫌になって帰ってしまったんじゃないだろうか。
恥ずかしさと、申し訳ない気持ちに襲われて、がっくりと肩を落とす。
できることなら、また岸本さんに会いたい。
今日のことを謝りたいのもそうだが、なにより、また彼と話したいと心から思った。
あの、心安らぐような、優しく温かい笑顔が、もう一度見たかった。
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