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バーの前でタクシーが動きを止めると、固く握っていた手を、サラの方から解いた。
ようやく、俺の体温とサラの体温が、混ざり合ったところだったのに――。
営業中の店内には、片手で数えられるくらいの客がいた。
馴れた手つきでグラスを拭き上げているマスターが、カウンターの向こうから、静かに微笑んだ。
「いらっしゃいませ」
マスターに会釈をして、カウンターの前を通り過ぎ、奥の通路へ向かおうとしたとき、後ろから声を掛けられた。
「岸本さんにとって、9回分の意味がありましたね。願いは叶ったのではないですか」
マスターの言葉に、俺の足が止まる。
願いは本当に叶ったのか。
心はまた揺らぎ出す――。
これから向かう扉の先の世界へ足を踏み入れることは、俺たちにとって、もう「戻る」のではない。
まだ知らない世界へと「向かう」のだ。
別れの苦痛と、新しい世界へ向かう恐怖心を抱えながら。
それが俺の望んだことなのか。
必死にもがいた、9回分の意味が。
迷いを振り切るように、頭を振る。
もうここまで来て、ごちゃごちゃ考えていても何にもならない。
俺の行動には大きな意味があったんだと、無理に納得するように、息を飲み込んだ。
「⋯⋯和也?」
「サラ、行こう」
マスターに改めて深く頭を下げると、サラと手を繋ぎ、店の奥へと進んで行った。
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