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「そろそろ、行こうか」
「⋯⋯うん。手を繋いだままでもいい」
「いいよ」
「私のこと、絶対に覚えていてね。私も他のことは忘れてしまっても、和也のことだけは忘れないから」
「覚えてるに決まってるじゃん」
サラに掛けてあげる、これ以上の言葉が見つからなかった。
だが、その言葉に微笑んだサラも、きっと分かっていただろう。
それが、俺の最後の嘘だってことも。
曇り一つない鏡に、再び全身を映す。
鏡に映った二人の表情は酷く疲れていた。
明日、世界が終わってしまうような、そんな顔をしている。鏡に映った自分たちは、もうすでに違う世界の人間なんだろうか。
首筋を汗が伝い、心臓に締め付けられるような重い痛みを感じて大きく息を吐き出す。
ゆっくりと鏡の取っ手に、手を掛けた。
「強く、帰る日のことを考えて」
「うん⋯⋯」
さらに強く、サラが手を握る。
扉を静かに引くと、先に続く階段を一段一段と上がって行った。
いつもはしばらく経つと、周りの薄暗さにだんだんと目が慣れてくるはずなのに、なぜか今回は、余計に薄闇が立ち込めて、隣にいるはずのサラの輪郭が、どんどん曖昧になっていった。
「サラ! 強く握って!」
「やだ⋯⋯和也、離さないで」
「絶対に離さないから!」
「ずっと⋯⋯」
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