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第10章 未来
***
《 2021年3月25日 》
全てを吹っ切るように、はぁっと強く息を吐き出す。
よっしゃ。行くか。
無機質で、圧迫感さえ感じる、金属製の扉のドアノブにそっと手を掛けると、無骨な冷たさに身震いがおこる。
それから慎重に回転をさせると、小さく、カチャリ、と音が鳴った。
重いドアの隙間から薄く差し込んでくる、見慣れた淡いオレンジの明かりが、最高潮に達していた緊張の波を、穏やかにさせてくれる。
ここからの風景に、大きな変化は見られないように思えるが。
でもまだ、油断しない方がいいな。
ドアからわずかに顔を出し、周囲を見回して、誰もいないことを確かめると、恐る恐る通路に歩みを進めて、その勢いで店の奥へと向かって行った。
「あぁ、岸本さん。お戻りになられましたか。おかえりなさいませ」
ちょうど店の奥から現れたマスターは、まだ静まり切らない心の奥まで見透すような眼差しで、理解を示すような穏やかな笑顔を見せる。
マスターのいつも通りの笑顔に、張り詰めていたものが溶けるように力が抜け、カウンターのイスに全身を預けた。
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