第2章 遺影

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 母さんは、電話口の向こう側で、まるで砂浜に途切れることなく、波が打ち寄せるみたいに、とめどなく、その話を続けた。  だが、俺は、ただ黙ったまま、小さなさざ波が、砂浜で砕けて消えていくようなその声を、呆然として聴いていた。  話す隙がなかったんじゃない。 「サラ」という名前を聞いてから、母さんの言葉が、俺の耳に一切届かなかったからだ。  何の話をしてるのか、全く理解できない。  まるで、水中でくぐもった、はっきりと聴こえない、音のように。  嘘だろ、そんなの――。  意識がどこか遠くへと、バラバラに散って行ってしまったかのように感じられた。  全身にかかる重力に抵抗する力もなく、その場にうなだれる。身体の奥から、鼓動の鈍い音だけが、耳に響き渡っていた。  サラが死んだ――。  もうこの世に彼女がいない。  いや、母さんの勘違いだってこともある。  ただの、聞き違いかもしれないし。  それで結局、母さんが「ごめん。間違えた」って、笑って言うんだ。  きっと、そうに違いない――。
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