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「ちょっと、和也、聞いてるの。今週の土曜日、そっちにお邪魔するわよ」
母さんの声が、ようやく耳に届いたとき、誰かに肩を後ろから軽く叩かれて、息が詰まりそうになる。
たった数分の電話が、俺を小学校の頃に引き戻し、その場に置き去りにする。
――あの日だ。
サラに別れの言葉を言えなかった。
「岸本さん、撮影再開します。お願いします」
声を掛けたスタッフに、分かりました、と力なく返事をする。
「⋯⋯母さん、分かった。また近くなったら、電話するよ。駅まで迎えに行くから。そろそろ撮影始まるし、切るよ。じゃあ」
一方的に、母さんの電話を切った。
頭を抱え込むと、あぁ、という声が漏れる。
何も考えられない。息を吸うのも苦しい。
意識は、暗い闇夜の海の底へと、沈んで行ってしまいそうだった。
その気持ちを、無理にでも切り替えるように、頬を両手でパンパンと叩き、鉛のように重たい身体を起こすと、たくさんのスタッフが待つセットへと向かって行った。
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