第2章 遺影

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 母さんからは、駅に着いたタイミングで、メールが送られてくることになっている。  駅での待ち合わせは、18時。  電車に疎い母さんが、迷うのではないかと踏んでいたので、少し早く着いておいた。  いざとなれば、車で迎えに行けばいい。  長く保険の外交員をやっている、母さんの移動手段は、もっぱら自転車。  お得意さんの会社を、自転車で回る母さんは、今年で還暦を迎える。  今のマンションに引っ越してから、3年が経つというのに、これまで母さんを部屋に呼んでいなかったことに、さっき気付いた。  だから母さんがこの駅に来るのは初めて。  間違えて、隣の駅に行かないだろうか。  いつもの母さんなら、十分にあり得る。    そんなことを考えていたら、メールの着信音が、車内に大きく響き渡った。 『駅前に着いたわよ~。母』 「母」って書かなくても分かるから。  ふふっと、自然と笑みがこぼれる。  母さんらしい。 『じゃあ、右の方に向かって進んで』  さすがの母さんでも、この距離なら間違えないだろうと、高を括っていたが、返信から5分過ぎても、その姿は見えてこなかった。  人が多くて、見逃したか。  少し心配になったので、車を降りて周りを見回すと、すぐ後ろ辺りで、大きな荷物を抱えた母さんが、迷子のように、キョロキョロと見渡している。まるで、子どもだな。  スマートフォンの画面に目を近付けて、睨めっこをするみたいに、何やらブツブツと独り言まで言っている。  まったく、仕方ないな。  母さんが気付くように、少し大袈裟に手を振って、声を掛けた。
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