111人が本棚に入れています
本棚に追加
/229ページ
母さんからは、駅に着いたタイミングで、メールが送られてくることになっている。
駅での待ち合わせは、18時。
電車に疎い母さんが、迷うのではないかと踏んでいたので、少し早く着いておいた。
いざとなれば、車で迎えに行けばいい。
長く保険の外交員をやっている、母さんの移動手段は、もっぱら自転車。
お得意さんの会社を、自転車で回る母さんは、今年で還暦を迎える。
今のマンションに引っ越してから、3年が経つというのに、これまで母さんを部屋に呼んでいなかったことに、さっき気付いた。
だから母さんがこの駅に来るのは初めて。
間違えて、隣の駅に行かないだろうか。
いつもの母さんなら、十分にあり得る。
そんなことを考えていたら、メールの着信音が、車内に大きく響き渡った。
『駅前に着いたわよ~。母』
「母」って書かなくても分かるから。
ふふっと、自然と笑みがこぼれる。
母さんらしい。
『じゃあ、右の方に向かって進んで』
さすがの母さんでも、この距離なら間違えないだろうと、高を括っていたが、返信から5分過ぎても、その姿は見えてこなかった。
人が多くて、見逃したか。
少し心配になったので、車を降りて周りを見回すと、すぐ後ろ辺りで、大きな荷物を抱えた母さんが、迷子のように、キョロキョロと見渡している。まるで、子どもだな。
スマートフォンの画面に目を近付けて、睨めっこをするみたいに、何やらブツブツと独り言まで言っている。
まったく、仕方ないな。
母さんが気付くように、少し大袈裟に手を振って、声を掛けた。
最初のコメントを投稿しよう!