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その彼――岸本さんと会ったあの日以来、時間を見つけてはこの店に立ち寄っていた。
出会った日がちょうど金曜だったから、できるだけ金曜の夜はここに顔を出した。
あれから彼に会えてはいないけれど、それでもここで待ち続けていたかった。
「先月お見えになったお客様を、お待ちになられているのですね」
マスターが馴れた手つきでグラスを磨きながら、心を見抜くように優しく微笑んだ。
マスターはこの店を一人で切り盛りしていて、いつも客を優しい笑顔で迎えてくれる。
スラッと背が高く手足も長いからか、バーテンの服がとても良く似合う。
塩顔に少し垂れた優しい目。七三分けに整えられた髪。そしてソツのない動き。
黒髪の間に混じる白いものと目尻のシワは年齢を感じさせているけれど、肌つやはびっくりするほど若々しい。
たぶん年齢不詳とはマスターのような人のことを指すのだろう。そしてダンディという言葉もピッタリとくる。
「ええ。あのとき彼に迷惑を掛けてしまったので、直接会って謝りたくて」
「そうでしたか。しかし迷惑に思われているようには見えませんでしたよ。先にお帰りになられる際に、『 今日、ここに来られてよかったです。また来ます』とおっしゃっていましたから。きっとお客様との出会いが大切なものになったのではないでしょうか」
その言葉を聞いて、耳の辺りが熱を持つ。
きっと顔まで真っ赤になっているはず。
噴火寸前の火山のように、マグマが身体の中を蠢いて掻き回した。その反応こそが、彼に対する私の今の素直な気持ちなのだろう。
嫌がられてなかったんだ。
良かった――。
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