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「では、どうぞ」
岸本さんのエスコートで、助手席のシートに深く身体を沈める。
包み込まれるような座り心地の良い座席。
でも緊張で硬直していたから、背もたれにも寄り掛からずに背筋を伸ばして座った。
運転席にいる岸本さんとは、息が触れるくらいの至近距離。心臓が破裂しちゃいそう。
慌ててシートベルトをはめようとして手間取っていると、彼が覆い被さるような体勢で私の代わりにバックルをはめてくれた。
あまりの顔の近さに思わず反射的に身体をすくめて、ギュッと目を瞑る。
「あっ、ごめん。この車のシートベルト、少し硬いんだ」
低い声が、耳のすぐそばで響く。
思い切って少しだけ目を開けてみたら、唇が触れるくらいの距離に彼の顔があった。
「わっ!」
「ごめん。大丈夫?」
「あっ⋯⋯大丈夫です」
彼の吐息が、私の頬にかかる。
鼻の上にある傷跡のようなものも見えた。
柔らかく心を包む、香水の香り。
爽やかなのに甘ったるい。
「じゃあ、車出すね」
「はい⋯⋯」
ハンドルを握った彼は、慣れた手つきで車を発車させた。運転する横顔まで綺麗。
どうしよう。
初めからこんなにドキドキしていたら、今日一日心臓がもたない。
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