第5章 江ノ島 (4回目)

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 でも、これまでにたった一度だけ、少し強引な彼を好きになったことがある。  その彼の名前も「カズヤ」だった。 「佐藤和也(さとうかずや)くん」という小学校の同級生。  その思い出は甘くて、苦いものだった。   もう忘れた方がいいのに、どうしても忘れたくなくて、幼い頃にもらったピカピカに光るメダルみたいにずっと和也くんの存在が心の奥で鈍く光り続けている。   また思い出しちゃった。  和也くんのこと。  今も時々、あの和也くんがどうしてるかと思うことがある。22歳になった彼は、どんな大人に成長したのだろう。  和也くんを思い出すと脳裏にいつも浮かぶのは、会えずに別れた最後の日のこと。  あの日はどうしても会いたかった。  それなのに和也くんは姿を現さなかった。  なぜだったんだろう――。  来てくれると思っていたのに。  全く思い当たる理由がなかった。  その日のことが今も心に引っ掛かっている。   車の窓の外にようやく海が見えた。  夕日が染めている空の色が、海面に反射してキラキラと輝く。 「カズヤ。少しだけ窓を開けてもいい?」 「いいよ」   まだ慣れない呼び方がくすぐったい。  でも「カズヤ」って名前がよく似合う。  いつも真剣で、真っ直ぐで。  久しぶりの海の香りが嬉しい。  肺の奥の方まで、その少し湿った空気を大きく吸い込む。  江ノ島か。懐かしいな――。  
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