「ありがとう」を言うまでループする世界

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 案外、世の中の人は薄情だ。  誰もが自分自身に忙しくて、他人を思いやる暇さえない。  誰もが自分勝手で、誰もが自分自身で手一杯だ。  そんな人たちからしたら、オレの様に苦労して、明日を迎えている者の存在なんてどうでもいい。  あいつらは何をしなくても、明日を迎えられる。  オレと違って、毎日、誰かと関わらなければ明日を迎えられない者の苦労なんて。  すると、走ってきた五、六歳くらいの男の子がオレの目の前で転んだ。 「大丈夫か?」  すかさず、膝をつくと助け起こす。  短パンから見える肘は擦れていたが、出血はしていないようだった。 「うん……」 「す、すみません!」  男の子の後ろから慌てて若い男が駆け寄ってきた。  どうやら、この子の父親の様だった。 「ほら、ありがとうは?」 「ありがとうございます」  男の子にも礼を述べさせると、紅葉の様な小さな手を引きながら、男は去って行った。  そんな親子の背を見送ると、ハッと我に帰る。 (違う違う。礼を言われるんじゃなくて、礼を言うんだ!)  オレは首を振ると、また歩き出したのだった。  スマートフォンを見ると、十四時近くになっていた。  遅い昼食のラーメンを食べながら、だんだんと焦りが募ってくる。 (ヤバい。これはそろそろ何とかしないと、また今日を繰り返すだけだ)  ズルズルと音を立てて麺を啜りながら、打開策を考える。  繁華街に新しく出来たという豚骨ラーメンのお店は、濃厚から淡泊まで自由にスープの味を選べる事で人気の店であった。  他にも麺の量や種類を選べるとあって、女性だけでなく少食の人からも人気であった。  程よい味付けのスープも、適量なちぢれ麺も、空腹を満たすには充分であったが、心までは満たせなかった。 (どうしようかな……)  何気なく店の入り口に視線を向けると、いつの間にか店の外にも人が並んでいた。  残りのラーメンを食べると、すぐに店を後にしたのだった。  店を出ると、やはりラーメン店の前には人が列を成していた。  すると、後ろから「すみませ〜ん!」と女性店員が追いかけてきたのだった。 「すみません。お財布を忘れていませんか?」  女性の手には、見慣れた黒い革財布が握られていた。  まさかと思ってポケットを探るが、そこに財布がなかった。
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