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「見てみろよ、海だ。夜の海は始めてかい?」
男は少年の目を見ることなく聞いた。少年も、男の目を見ることなく答えた。
彼らにとっては互いの顔よりも、今目の前に広がる絶景の方が大切だった。
「うぅん、時々見てきた。
始めて夜の海に来たのは、父さんと母さんが喧嘩した夜。小学生の頃。
静かな喧嘩だったんだけど、どうしても家の中に居たくなくて、黙って家を出たんだ」
「黙ってか。そん時、閉め出されなかったのか?」
「しばらく経ってから帰ったけど、鍵は開けてあったよ。二人ともにこっぴどく叱られた。
だけど、探してくれていたみたい」
男はふと浮かんだ、自分のちっぽけな思い出に笑った。
「優しい両親じゃねぇか。俺の小さい頃は、家出したらそのまま閉め出されたもんだよ。
運良く友達の家に泊まれる日もあれば、野宿した日だってあった。懐かしいもんだなぁ」
親の話をした少年がどんな顔をしているものかと気になり、男は海から目を逸らした。
「…………ずっと昔みたいに優しかったら、よかったんだけど」
その瞳は消えていく波を見送っていて、月の光すら映していなかった。
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