あのよに

1/7
前へ
/7ページ
次へ
ざあざあ、と揺するさざ波。 それは時にはゆりかごのように眠りを誘い、時には優しく夢からすくいあげる音。 学生服の少年は、その両方の感覚を味わいながら瞳を開いた。 「ここは……海?」 上半身を起こして見渡すと、黒い海がゆらりゆらりと月明かりを映している。 音から想像した通りの光景に、少年の心が安らぐ。 だがどうしても胸騒ぎが消えない。寄せては返す波が残す泡のように、何かが引っかかったまま落ち着かない。 そんな不安を聞きつけたかのように、後ろから砂を踏む音が近付いてきた。 「よう、坊主。隣、失礼するぜ」 くたびれたワイシャツを着た男が、返事も待たずに側へ座り込む。 「……えっと、誰?」 見知らぬ人が──ましてや、お世辞にも清潔感があると言えない男が近付いてきたのだ。不審者と呼んでも間違いではないだろう。 だが不思議なことに、少年は男のことを怪しく思えなかった。 「さぁな。きっと、見たことのない顔だろ? 安心しな、俺だってお前の顔は知らん。お互い、はじめましてだ」 それどころか、一段と安心さえした。 少年にとっての不安というのは、この景色やこの男の事ではないのだと、直感でとらえた。 ──何の確認もなしに、隣で喫煙を始めたことには少しだけ驚いたが。 「まぁだから、なんだ。知らん者同士だ。その方が気楽に話せることもあるだろうよ」 不信感もないので、この男の言葉に静かに頷くことにも、何の抵抗もなかった。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加