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ざあざあ、と揺するさざ波。
それは時にはゆりかごのように眠りを誘い、時には優しく夢からすくいあげる音。
学生服の少年は、その両方の感覚を味わいながら瞳を開いた。
「ここは……海?」
上半身を起こして見渡すと、黒い海がゆらりゆらりと月明かりを映している。
音から想像した通りの光景に、少年の心が安らぐ。
だがどうしても胸騒ぎが消えない。寄せては返す波が残す泡のように、何かが引っかかったまま落ち着かない。
そんな不安を聞きつけたかのように、後ろから砂を踏む音が近付いてきた。
「よう、坊主。隣、失礼するぜ」
くたびれたワイシャツを着た男が、返事も待たずに側へ座り込む。
「……えっと、誰?」
見知らぬ人が──ましてや、お世辞にも清潔感があると言えない男が近付いてきたのだ。不審者と呼んでも間違いではないだろう。
だが不思議なことに、少年は男のことを怪しく思えなかった。
「さぁな。きっと、見たことのない顔だろ?
安心しな、俺だってお前の顔は知らん。お互い、はじめましてだ」
それどころか、一段と安心さえした。
少年にとっての不安というのは、この景色やこの男の事ではないのだと、直感でとらえた。
──何の確認もなしに、隣で喫煙を始めたことには少しだけ驚いたが。
「まぁだから、なんだ。知らん者同士だ。その方が気楽に話せることもあるだろうよ」
不信感もないので、この男の言葉に静かに頷くことにも、何の抵抗もなかった。
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