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ウィアード対策室での生活
学校を卒業して一週間が経過した日。
俺は家に届いたとある書簡を手に、第五地区のとある場所を目指して歩いていた。その書簡にはウィアードの被害を調査し、原因の解明と解決とを目的に、全ギルドが休戦協定を立てて発足される予定の『ウィアード対策室』の詳細が記されていた。
家と学校が第八地区にあり、行動範囲もそれほど広くなかった俺にとっては初めて訪れる場所だった。なので記された集合時間よりも一時間も早く出向いては、地図と書簡を手にウロウロと第五地区を彷徨っていた。
露店で小腹を満たすついでに、道を尋ねた。すると、もう目と鼻の先だった。ヱデンキアの地理は細かすぎて分かりにくい。まあ、アレだ。俺が地図を読むのが苦手っていうのもあるんだけど。
「ここか・・・」
・・・ボロい。
それが真っ先に思い付いた感想だった。
ヱデンキアはヨーロッパの古都のような石造りか木造の建物を基調とした街の構成になっている(ヨーロッパに行った事ないけど)。目的のここは石製の建物だが、大分時代が掛かっていて、東京の隅にあるような曰くつきの雑居ビルのような出で立ちだ。
ま、ウィアードについての組織というのなら雰囲気はあるが、ヱデンキア人はウィアード=妖怪という認識がないので、ただの偶然なのだろう。
一階の扉を開けて中に入ると、すでに十数人が建物の中で壁や扉に向かって何かの魔法作業をしていた。皆、が白と青を基調としたフォーマルというか、格式ばった厳かそうな服を着ている。見た目から判断するに『サモン議会』のギルド員たちだろう。
入り口近くにいた人間やハーピィやミノタウロスの数人が俺に目線を送ってきた。が、それはそれと言った具合に、すぐに作業に戻って行った。
エントランスの両壁側にはシンメトリーの階段があった。書簡には二階の大広間にて、という文言があったため、素直に二階に向かう。幸いにも二階にはその大広間しか部屋がなかったため、迷うような事にはならなかった。
観音開きの扉の片方が開いていたので、そのまま中に入る。
そうして部屋に入った俺は驚いた。
物凄い美人が中にいたからだ
「天使・・・?」
それは天使のように美しい、という意味ではなくて、本物の天使がいたからこその呟きだ。
下にいた人たちと同じ格式高い服の背からは純白な翼が、丁寧に折りたたまれている。セミショートよりも少し短いくらいの金髪には、毛先に僅かなウェーブがかかっていた。
天使は青い瞳を真っすぐにこちらに向けて尋ねてきた。
「何者ですか?」
「えーと・・・ヲルカ・ヲセットと言います。ウィアード対策の新機関創設のために呼ばれてきたんですけど・・・」
「ヲルカ・ヲセット?」
「はい」
天使は机の端に置いてあった名簿のようなものを手に取ると、それをパラパラと捲った。そんな速さで確認できるの?
「名前がありませんが、所属のギルドは?」
「いや、俺はイレブンです」
その天使はイレブンという言葉をオウム返しに呟くと、何か得心がいったような顔つきになった。
「ああ、聞き及んでいます。一人、人間の子供が創設メンバーにいると」
「で・・・失礼ですけど、あなたは?」
「わたくしとしたことが申し遅れました。『サモン議会』所属の施行魔導士でサーシャ・サイモンスです。お見知りおきを」
丁寧の権化と言っても過言ではないくらいに丁寧な挨拶をしてきた。ここまで畏まられると、反対にどうしていいか分からなくなってしまう。俺は挙動不審気味に挨拶を返すくらいしかできなかった。
「よ、よろしくお願いします」
「わたくしも貴方と同様にウィアード対策室の創立メンバーとして推薦されました。ヱデンキアの為、お互い尽力しましょう」
サーシャと名乗った天使は、キラキラと光が見えるような微笑みと共に握手を求めてきた。
「しかし、お早い到着ですね。まだ一時間前ですよ?」
それはお互いさまじゃないか・・・。
「迷ったりしたら嫌だったんで。それに準備したりすることもあるのかなぁ、とか?」
「素晴らしい心掛けです。イレブンなのがもったいない。もし興味があるようならサモン議会へのギルド加入を強く勧めます」
社交辞令かもしれないが、声のトーンがガチだったので答えに詰まる。多分だけど、冗談とか洒落とかとは無縁な生活をしているのだろうと、勝手に予想した。
俺が「ははは」と苦しい愛想笑いを返していると、下の階から言い争うような声がした。二階のここまで届くのだから、余程喧しく揉め事が起こっているらしい。すると、今度は大人数が階段を登る足音と、金属製の何かがこすれる様な音に変わった。その音の主は二階のこの部屋の前に辿り着くと、乱暴を絵に描いたように扉を開け放って入ってきた。
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