ウィアード対策室での生活

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 取り残されて一人になった俺は、あれこれと考えを巡らせて、結局は出ていった連中の後を追いかけた。人命救助ならできることがあるかも知れないと思ったからだ。  それにしても、ギルド同士の対立があんなに短絡的で表面立ったものだとは思っていなかった。もっと水面下での足の引っ張り合いみたいなものを想像していた。もしもあの爆発音が聞こえなかったら、一体どうなっていたのか考えたくもない。  やっぱり、学校で習う事と社会に出てから分かることに落差があるのは、どの世界でも同じようだ。尤も偉そうに語れるほど、オレは前世でまともに社会に出ていなかったけど。  とは言え、ヱデンキアに十あるギルドの内の二つが相対しただけで、刃物を使うほどの衝突になるという事は、一同に会するウィアードの対策機関はまとまることができるのだろうか・・・?  そんな事を考えながら外に出ると、場所を確認するまでもなく爆発のあったところが知れた。救助にあたる者、救助される者、怪我人を回復させる魔導士らしき者に通行人と野次馬とがごった煮のように蠢いていた。崩落した建物は、朝の下見でこの辺りをぐるぐると彷徨っている時に、一つの目印にしていた建物だった。五階建てくらいの大きさだったと記憶しているが、今では見る影もない。瓦礫と土煙とが陰影として残るばかりだ。 『サモン議会』と『ナゴルデム団』は慣れた手つきで救助活動を行っている。俺はどうしようかと思案するばかりで傍目には野次馬と変わらない。それでも何とかサーシャさんに近づけば、何かの指示を貰えるのではないかと思い、彼女を探した。  ところが。  サーシャさんを見つける前に、妙なモノに気が付いてしまった。  それは瓦礫の隙間から人目を掻い潜るかのように、隅の方へ這い出てきた。見ただけで想像したのは、この世界では見ることの叶わなくなったプッチンプリンだった。限りになく透明に近い青い色をした軟泥状の物体は、あからさまに意思を持っているかの如く、隣接する建物の壁に張り付いたかと思うとスルスルと慎重にそれでいて迅速に動いて路地の裏へと向かっている。 「なんだ、アレ?」  余程カモフラージュが上手いのか、それとも瓦解した建物の方に気を取られているのか、他に誰かが気が付いている様子はない。俺は純粋な好奇心だけでソレの後を追いかけていった。  路地裏には人の気配がまるでない。すぐ近くであれだけの大事故が起こっているのだから、無理からんことではあるのだが。そこはそびえ立つ建物の背が高いせいで、日の当たっているところが一つもない。そのせいで、ただでさえ見えにくかった軟泥状の何かを見失ってしまった。けれども、同時に物陰から何者かが現れる気配を察知した。 「大丈夫ですか?」 「いや~失敗失敗」  安否を確認したのは、声からして男だと分かった。だが、それに返事をした女の声の主はどこにも姿がない。俺がそう思っていると、男の足元から突如として件の軟泥が突起するように形を変えた。すると、どんどんと人間のような成りになっていき、最終的には女の姿になってしまった。 (・・・『スライム族』か?)  心の中でそう呟く。俺のヱデンキアでの十五年の知識から言えば、他に思い当たる種族がいない。 「おかしいな。座標計測は完璧だったはずなんだけど、なんでこんなに位置がずれたんだ?」 「崩壊した建物は『カカラスマ座』のものです。恐らくは低空飛行に移行した際に、奴らのシンボルに吸い寄せられたのではないかと。あれにはシンタオ合金が使われることがほとんどなので」 「まあ、分析は帰ってからでもいいだろう。頭の固い連中が集まってきている。ボクらの仕業だとばれる前にずらかろう」  と、図らずも今回の建造物崩落事件の犯人の自供を聞いてしまった。どうしたものかと考えていると、向こうの方が俺の存在に気付いてしまった。そうなって初めて、何で俺は隠れなかったんだろうかと自問した。 「ん?」 「・・・どうも」 「・・・もしかしなくても聞いちゃってた?」 「まあ・・・はい」  スライムの女は女性の陰部にあたる箇所と右肩とを何かの合金で作ったかのような、いかついメカで覆っていた。男と並んで飽くまで冷静に俺の素性を確認する。 「念のため聞くけど、どこのギルドの子?」 「イレブンですけど」  スライム女は「イレブン!」と反復したかと思えば、ぱあっと明るくなって屈託のない笑顔を見せた。そしてにわかに歩み寄り、有無を言わさずに手を取ってきた。巨大なわらび餅で手を包まれた様な、ぺトぺトとした感触とひんやりとした温度が電気信号となって脳みそにまで届く。 「そいつは良かった。『ランプラー組』の実験の失敗はヱデンキアの名物。笑って見逃してくれると嬉しいな、ボクは」 「どうぞ。別に僕には逮捕権がある訳じゃないですし」 「実に聡明な見解だ。ボクは『ランプラー組』のラトネッカリ。いつかまた会うことがあればお礼をさせてくれい」  付き添いの男は名前まで明かす必要はないでしょう、と冷静なツッコミを入れ、引率するようにラトネッカリと名乗ったスライム女をの腕を引っ張る。 「行きますよ」 「では、少年。ありがとう」  二人はすぐに対面の人通りの中に消えていった。そこでようやく、建物の救助活動の事を思い出し、再びサーシャさんを探すべく事故現場に向かって走り出した。
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