ウィアード対策室での生活

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「では、引継ぎをお願いします。我々は本来の任務に戻ります」  騒動からおよそ一時間後。『サモン議会』から応援が駆けつけ、建造物崩落事故の原因調査の引継ぎが終わった。俺は終始、サーシャさんの腰巾着のようにして、微力ながら救助活動や瓦礫の片付けを手伝っていた。  他のギルド員は既に戻っているし、『ナゴルデム団』に至っては原因の特定にはとんと無関心で、救助すべき者がいなくなったことを確認したら、すぐさま撤退していった。むしろ被害者を探すために乱暴に瓦礫を取り除いたものだから、それのせいで新たに怪我人が出たりしててんやわんやな状況だった。  迅速な対応が信念なのも考え物だと思ったが、『サモン議会』はそれはそれで、何かしらの行動を起こそうと思う度に事前確認やら申請やら許可の受理を待つという徹底したリスクヘッジを行うものだから、見ていて少しイラッとしてしまった。 「ご助力感謝いたします」 「いえ、大したことは・・・」  実際、本当に大したことはしていないし、犯人隠蔽に一役買ってしまっているので、謙遜で罪悪感をごまかした。 「急ぎ戻りましょう。もう他のギルドも集まっていておかしくはありませんから」 「はい」  そう言って俺は駆け足気味になる。サーシャさんに至っては飛んでいるので、わざわざ俺の速さに合わせてくれているようだった。  ところが。ウィアード対策室まで戻ると、先程と同じくらいの騒ぎが起こっていた。建物の前には十のギルドがそれこそ十把一絡げに蠢いており、そこから少し距離を置くようにして通行人の野次馬ができていた。  サーシャさんは、最も手前にいた『サモン議会』のギルド員の傍に降り立ち、事情を聞いた。 「今度は何事です?」 「それが・・・我々が施していた魔法措置を『ナゴルデム団』と『マドゴン院』のギルド員たちが解除しようとしております。それを静止した我々と衝突し、それを見て血の騒いだ『ワドルドーベ家』と『カカラスマ座』の構成員も手当たり次第に暴力を・・・」 「愚かな」  そう呟くサーシャさんの顔には冷ややかな怒りが満ちていた。ギリっと、歯噛みをした音が聞こえたかと思うと、すぐさま翼を広げ渦中に自分から飛び込んで行った。 「ええ・・・」  俺も暴れたり、静観したり、呷ったりするギルド員たちを掻き分けて、何とか建物の中に入る。するとエントランスは外以上に大混戦となっていた。人間、天使、エルフ、ドワーフ、ハーピィ、ミノタウロス、蜥蜴人、ドラゴニュート、マタンゴ、ケットシー、ゴブリン、アルラウネ、スカイキャット、アラクネ、ラミア、ケンタウロスなどなどの五つのギルドに所属する異種族達が、互いに武器と魔法の応酬を繰り返し、収拾がつかない状態になっている。  RPGと無双ゲームを足して火にくべたような有様だ。  その中でひと際異彩を放つ五人がいる事に気が付いた。恐らくはウィアード対策室発足のために集まったギルドの代表格にあたる五人だ。その中にはサーシャさんも含まれている。とりあえず、あの五人を落ち着かせれば、一旦の収束は叶うかも知れない。  俺は五人に同時に隙ができる一瞬を見逃さず、浮遊魔法をかけた。 「今だっ!」  その五人と俺はまとまって浮かび上がり、二階の広間の前にまで飛ばされる。俺が仕掛けた魔法だという事はすぐにバレ、いかつい顔をしたおっさんたちに凄い顔で睨まれた。 「何をしやがる!?」 「とりあえず落ち着きましょうよ。事件が多すぎていつまでたってもウィアード対策室の発足ができやしない」 「すっこんでろ、ガキが」 「嫌だ。俺はウィアードについての話をしたいからここに来たんです。ギルドのつまらない諍い合いを見にきたんじゃない」  これは本心だ。ウィアード、引いては妖怪についてのギルドの見解やどこまで調査研究が進んでいるのかを知りたいし、必要とあれば俺の知り得る情報を惜しみなく提供するつもりでいた。だが俺の一言は帰って火に油を注ぐ結果となってしまったこと、俺自身はまだ気が付いていない。 「つまらない?」 「てめえ・・・どこのギルドだ?」 「俺はイレブンだ」  俺の返事と態度に五人だけでなく、下にいたギルド員達もざわついた。少なくとも、目論見通り騒動を一時的に収められたので良しとする。 「で、どうするんです? ウィアード対策室の発足に移るんですか? それともまたケンカですか?」  するとどこかで聞いたこのある声で、俺の意見に賛同しつつギルド間での抗争を仲裁する弁舌がこだました。 「素晴らしい! そのイレブンの少年の言う通りだ。ボクたちは争いに来たわけじゃないだろう?」 「あ」  見れば一階の隅の方から、先程ラトネッカリと名乗った『ランプラー組』のスライム女が、芝居がかった調子と共に現れたのだった。 「それとも帰って各々ギルドマスターにウィアードよりも、自分たちの名誉とプライドの方が大事ですと伝えるか?」 「・・・」  ギルドマスターという単語は、全員に鎮静と冷静な状況判断をさせる魔法の言葉となった。上の五人がそれぞれ武器を納めると、下の階のギルド員もそれに従った。それをしたり顔で見ていたスライム女は、続いて俺を指差して告げた。 「では、イレブンの少年よ」 「はい?」 「君が引き続き仕切ってくれ」  その弁に俺の隣にいた『ワドルドーベ家』と思しき男が反論した。種族の上では俺と同じ人間だが、ヤクザとマフィアを足して二を掛けたような風貌をしているので、ある意味誰よりも怖かった。 「ちょっと待て。こんなガキに・・・」 「いや、ヱデンキアのギルドが全てここに揃ってるんだ。全員に中立であるイレブンに仕切って貰うのが得策だろう」 「あの混戦の中、私達だけを掬いあげたのだって大した腕だ。凡庸な子供という訳ではないだろ」 「・・・」  俺がどうしたものかと挙動不審になっていると、いつの間にか二階に上がってきていたスライム女に肩を叩かれる。そして悪戯に笑った顔で言った。 「という訳だ、少年。話し合いに移行しようじゃないか」
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