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大嫌いなあいつ
私にはこの世でたった一人、大嫌いな人がいる。
それは———。
「ねえ、何見てんの?」
可愛らしい、可憐な鈴のような声が頭上から聞こえてきた。
この甲高い、耳障りな声。嫌な予感。
「だから、何見てんのって。ほんと無愛想なんだからー。」
見上げると、そこには特進クラスの完璧少女、西城舞子がいた。
容姿端麗運動神経抜群、愛想も良くて誰からも好かれる、なんでもできる女の子。誰もが理想とする女の子。
そんな西城舞子が、大嫌いだ。
それなのに最近毎日こうやって話しかけてくる。クラスだって違うのに。
「本読んでただけだけど。」
素っ気なく答える。
何?わざわざ一般クラスの凡人な私を見下しにきたの?
そんなことさえ思ってしまう。
でもそれなら私以外にも沢山いるはずなのに何故よりによって私が目をつけられてしまうのだろう。私なんて三軍の立ち位置なのに。
いや、三軍だからこそ話しかけてくるのか。
相変わらずうざい。
「ふーん。なんの本読んでんの?」
ああ、癪に触る。
この上から目線の態度。
大体、本を読んでる最中に話しかけられること自体大嫌いなのに西城舞子が話しかけてくるというダブルパンチを喰らわしてくるとか、神様って残酷。
「古事記読んでただけ。別に西城さんにとっては面白くもなんともないような内容だよ。」
「そんなこと言われるとなんか興味出てくんじゃん。ちょっと見せてよ。」
ひょいっと私から本を取り上げて、勝手に読み出した。
本当になんなのよこの人。
小学生の頃からずっとこう。いつも先輩からは可愛がられ、先生達からも好かれ、友達からは尊敬の対象となっていて男子達からはもてはやされる。
これがこいつの当たり前なのだろう。
私はというと、内申点のために渋々入った美術部では先輩に無視され幽霊部員と化、先生達からも「平凡な子」というレッテルを貼り続けられ、友達はそもそもいないので本を友達に見立てているというこの有様。
何気に長い付き合いなので、彼女と私の出来の違いなんかはよくわかっている。
それと同時に、彼女の大嫌いな部分も沢山ある。
農民達がせっせと働いている間に、王女や姫はのんびりと優雅に紅茶を飲むもの。
そんなことは平凡な私だってわかっている。
身分に関してはもう仕方ないものだとこちら側も割り切っている。
それなら姫はこちらに関わらずマカロンでも優雅に食べておけばいい話なのに、何故農民の娯楽の時間までもを侵害してくるのだろうといつも不思議に思っている。
西城舞子は首をかわいらしく傾げながら、
「うーん……私には古文、難しくてやっぱわかんないや。ねえ、ストーリー噛み砕いて私に教えてよ。沙良の話、いつも面白いし語彙にセンスがあるからさ。」
そんなことを言いながら、媚びるような目で机に座っている私の顔を覗き込んでくる。
嘘つけ、と私は思う。
特進に行けるような人が、一般クラスの私でも読めるような古文をすらすら読めないわけないだろう。
そのくせ話し言葉には一般語ではない言葉を交えてきやがって、わざとらしささえ感じる。
「ただの神話。どうせもうすぐでチャイム鳴るんだから早く西城さんも教室に帰ったら?遅れると色々大変でしょ。」
がたがたと音を立てながら、私は読んでいた古事記を机の引き出しにしまい、授業の準備を始めた。
できるだけ目立たないように生きたいから、授業の準備ができてなかったなんてそんな幼稚な理由で先生に怒られるだなんて考えられなかった。
「え?なんで遅れたらいけないの?先生だって許してくれるよ、なんならいつも遅れてるし。」
そんなことを淡々と、笑い混じりに言う。
ありえない。
違うんだよ。私とあんたじゃ。
先生だって、他の子だったら容赦なく叱るだろう。贔屓目というものに気付かないのか。
別にあんたは良くてもこっちが困るんだよ。これだから人の気持ちを察しないで生きてきた姫は困るのよ。KY。
ああ、本当に西城舞子が大嫌い。
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