私と彼とおっさんと

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 彼氏ができても長続きしない。  具体的に言うと、交際期間が一週間以上続いた試しがない。  だから今度こそ上手くいきますように。  彼と知り合うキッカケは、友人の紹介だった。  友人曰く「彼も相手と長続きしないらしいけど、気配り上手で穏やかな人柄だから、会うだけ会ってみなよ!」  そう言われて数回デートを重ねた。  最初はお互いに緊張していたが、友人から聞いていた通りの人柄もあって、打ち解けるまでに時間はかからなかった。  そして先日、ついに彼から告白されたのだ。  もちろん返事はイエスだったが、彼の方からこんな提案をされた。  「貴女の住んでる部屋を訪ねさせて下さい。」  私は戦慄した。  世間一般の女性はどうか知らないが、私は交際相手を部屋に上げたくない理由があった。  それは部屋が汚いからでも、見せられない趣味があるからでもない。やましいことなど一つもない。  と言いたいところだが、私には秘密がある。  うちにおっさんが居ること。  歴代の彼氏と長続きしなかった理由。  諸悪の根源であるおっさん。  そんな相手と、久方振りにできた彼氏を鉢合わせさせるなんて私にはできない。  脳内でパニックを起こしていると、現実の私は彼と訪問日時を勝手に決めてしまったようで、彼は微笑みながら手を振って改札の向こうへと消えて行った。  去り際に彼が熱心になにか話していたが、私はこの事案をどう乗り切るかしか考えていなかったので、ひたすら頷いていた。  とりあえず家に帰って作戦を練ろう。  家に着くと早速おっさんが出てきた。  「お帰り。どうだったデートは?」  私はすかさず土下座して頼み込んだ。  「週末彼が家に来るので出てって下さい!」  おっさんは素知らぬ顔で無理だなと一蹴する。  「せっかく彼氏ができたのに、また引かれて振られるのは嫌だ!」  「そんなこと言ったって、お前と付き合うなら俺とも付き合っていける奴じゃないと!」  「おっさんも受け入れてくれるモノ好きは存在しない!」  「諦めたらそこで試合終了だって、どっかのおっさんも言ってただろ!」  「それ漫画の話だろうが!」  両者の意見はいつも折り合いがつかない。  それはお互いにどうしようも無いことだからだ。  「普通の男性は、彼女のうちにおっさんがいるなんて受け入れてくれないの!」  「出て行きたくても俺には無理なの!それはお前が一番よくわかっているだろ?」  私は下唇を噛み締めながらうめき声をもらした。  「せめて、おばさんだったなら…。」  「そんなのどっちでも一緒だろ!」  「一緒じゃない!少なくともおばさんなら部屋がスルメ臭くなることは無い!」  「スルメが好きなおばさんだっているだろ!」  こうして私達の作戦会議という名の言い争いは、終始平行線のまま終了した。  彼が来訪する当日、私は不安で仕方なかった。  部屋は綺麗に片付けて消臭もバッチリだと自分では思っているが、どこでボロがでるかわからない。なにより、おっさんが大人しくしてくれるかが一番の問題であった。  「頼むから大人しくしててよね。」  私がそう呟くと同時にピンポーンとチャイムの音が鳴る。  一瞬固まってしまったが、すぐに玄関へと向い彼を出迎えた。  「い…いらっしゃい…」  自分でもわかる引きつった笑みを浮かべて彼を部屋に招き入れる。  すると早速驚いた声が聞こえた。  「日本酒とか焼酎がいっぱいあるね!まるで居酒屋さんみたいだ。」  私はすかさず晩酌が趣味だと答えた。本当はおっさんが好むから置いてあるのだが、今どきお酒が大好きな女性も珍しくないので、大量の酒瓶はセーフだと判断し片付けなかったのだ。  「晩酌が好きなのはいいけど、ちゃんとお酒に合うアテはあるのかい?」  彼の口調が急に変わった。まるで女性のようだ。  不思議に思っていると彼が慌てていつもの口調で、おつまみ食べながら飲まないと胃に負荷がかかるからねと呟いた。  そうだね気をつけるよと、答えたつもりだったが私の口から出た言葉は全く異なっていた。  「空きっ腹で飲む酒が一番美味いのさ。」  両者の間に沈黙が流れ、時が止まった。  私は冷や汗が止まらず、どう誤魔化そうかと頭をフル回転させ必死に言葉を探す。  彼のほうもびっくりして声が出ない様子だ。  頼むからおっさんには大人しくしていて欲しかったのに…。  そんな願いも虚しく、彼を招いて早々に失態を犯した私は今までの経験から、開き直ることにした。ちなみに、開き直って上手くいった試しなどない。そして言い訳して成功した試しもない。それでも何か言わなければ、足掻かなかれば。諦めたら試合終了だと、どこかのおっさんも言ってたじゃないか。  「あの…実はわたしの内に人格が二つにあって、家にいる時だけおっさんが出てくるの…。こんな話信じてもらえないと思うんだけど…。」  すると彼が予想外の答えを返してきた。  「君も僕と同じなのか!僕は内におばさんがいるんだ!」    一年後、同棲を経て私達は結婚した。  たまにお酒の飲み方や、生活態度で言い争ってはいるが、おじさんとおばさんの相性も良かったらしく、今では四人仲良く生活している。  彼が初めて私の家に来たいと言った日に、聞き流していた話の内容が秘密を打ち明けたいということだったらしく、今までの歴代彼女には受け入れてもらえなかったそうだ。  私はおっさんのせいで一生結婚出来ないどころか、彼氏すらまともにできないと思っていた。  しかし、世の中不思議なもので相性のいい相手というのは存在するようである。  人生捨てたもんじゃないので、なかなか良い巡り合わせが無い人も諦めないでほしい。  とまぁ上から目線になったがこれで話を終わろう。  気に触った人は早く相手を見つけることだ。  どんな人にも需要と供給はある。  ちなみに私のお腹には新しい命が宿っている。  この子が生まれてきたらもっと賑やかになるんだろうなと、今からとても楽しみだ。  幸せの絶頂とは永遠に続かないものである。  諸行無常、盛者必衰の理をあらわす。  この生まれてくる子どもには、地球外生命体の人格が宿るのだが、それで苦労するのはまた別のお話。    
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