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鉄臭い匂いが鼻腔を掠めた。眉をしかめて顔を上げると、真っ赤な血飛沫がそこら中に飛んでいた。
「葉月、もうその辺にしておこうよ」
金属バッドを振りかざした親友の動きがピタッと止まる。気だるそうに振り向くその顔も、着ているレインコートも血飛沫にまみれている。
「……大丈夫、まだ生きてるし」
「でもそれ以上やったら死ぬかもね」
不満げではあるが、言い返す言葉もないのだろう。葉月はバツが悪そうに口をつぐんだ。
目の前に横たわる丸々太った肉塊は確かにまだ辛うじて生きてはいるが、その命は風前の灯。白目を剥き、指をピクピクと痙攣させるばかりで、呼びかけてもつついても反応しない。……本当に大丈夫なのかこれ。何だか不安になってきた。
「回復魔法を使えたら良かったのにな」
思わず、ポツリと呟いた。すると葉月は信じられないものでも見るかのように目をかっ開いた。
「回復魔法!?こんな奴の為に!?」
「違うよ。葉月の為だよ」
死んでしまったら、殺人犯になる。自分達がこれまで上手くやってこられたのは相手を殺さなかったからだ。最後の一線を越えたら、流石に逃げ切れない。
「今、捕まる訳にはいかないんでしょ」
この言葉に葉月は少し俯いた。反省しているようだった。
息がある内に人通りの多い場所へ運ぼうと、用意してあった台車に男を乗せる。すると、平静を取り戻した葉月がこちらへやって来た。
「それは私がやっておくよ。だから江奈はいつも通り、後のことをお願い」
それから、さっきはありがとね。それだけ言い残すとガラガラと台車を外へ押して行った。
ふぅ、と息を吐く。今晩はよく冷えるなぁ。場違いかもしれないが、白く染まった息に冬の訪れを感じた。
さて、さっさと済ませるか。
ぐっと伸びをすると、江奈はポケットから使い慣れた懐中時計を取り出した。
魔法という概念がこの世にやって来てまだ10年。政府はその扱いに四苦八苦していた。
突如発表された、異星文明との交流の始まり。魔法が人類の新たな"友達"となった彼らからの贈り物であることは、今や歴史の教材にもデカデカと載っている。
方法は簡単。まず、自分に合った魔法を測定して貰い、後はその力を媒介するアイテムを見つける。要は元々自分の中に魔法を使える力があり、それを引き出す為に物を使う、ということだ。
魔法というよりは超能力の方が近いのかもしれない。実際、一昔前に活躍していた超能力者達は、力を媒介するアイテムを偶然見つけ、更にその仕組みに気付いて上手く活躍していたのだ。まさか他の人も同じ原理で超能力を使えるとまでは思っていなかっただろうが、今となってはただのインチキだ。
そう考えると、超能力というものは一部の限られた人間のみが使える力だからその名がついたもので、今現在は誰でも使えるから、"超"でも何でもない。やっぱり魔法と呼ぶのが相応しいか。
しかし、そのような力を誰でも使えるのは少々問題が多すぎた。
いきなりだ。いきなり、そんな力を手に入れたのだ。暴走する人がいない訳がない。力を悪用する者、力の匙加減を間違えて事故を起こす者などが出てくるのは猿でも分かることだ。
そこで、政府はまずアイテムを国民の手に渡らないようにした。数多ある物の中でも、個人個人に合うアイテムはほんの一握り。だからさっさとそれを突き止めて、回収してしまおうという寸法だ。そこまでやっても抜け道などを使った犯罪が起こったこともあったが、おかげさまで今日も日本は概ね平和である。
と、このように厳しく定められた法律だが、実は例外もある。トレーナー同伴で魔法の使い方を学ぶことが出来る施設があったり、職業だと警察官や消防士なども、職務中の使用が許可されている。そして、そういった魔法を自らの将来に生かすべく、優秀な私立校の魔法学科コースを専攻した学生達。限定的ながら、彼らにもアイテムは与えられる。
笹井江奈と梶浦葉月も、そういった学生の内の一人だ。
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