30人が本棚に入れています
本棚に追加
4.ありがとう
月日は流れ私は成人し、家庭を持ち子供にも恵まれた。
「お母さん、お母さん!」
家の前で縄跳びをしていたはずの娘が勢いよくキッチンに駆け込んでくる。
「まぁ、どうしたの? そんなに息を切らして」
すると娘は私に薄汚れた紙袋を差し出した。
「あのね、家の前で縄跳びしてたら知らないお爺ちゃんに渡されたの」
――昔うちの娘が君のお母さんから借りたものだ。渡しておいてくれるかな。
老人はそう言って紙袋を手渡すと娘の頭をくしゃくしゃっと撫でて去って行ったという。娘は私に紙袋を押し付けるとまた外に遊びに行った。
(これって……)
急いで紙袋を開け中を見る。中にはメモ用紙が入っていた。
『早く返してあげたかったんだけど、どこを探してもみつからなくてね。まさか鞄の中にいれてたなんて思いもしなかったよ。もしやと思って掘り返してみたんだ。鞄は一緒に埋めちまったからね。そしたら出てきたんだよ! 遅くなって悪かった。もう二度と君や君の家族の前に現れることはないから安心しておくれ。じゃあね。 共犯者より』
紙袋の中にはメモ用紙以外にも何やら入っている。それを見て私は薄く嗤った。
(おじさん、約束守ってくれたんだ)
私は袋から取り出した色褪せた赤いサンダルを目の前に掲げてしばらく眺めた後、丸めたメモ用紙と一緒にもう一度紙袋にしまいゴミ箱に放り込んだ。
あの日、里奈が急に引っ越したと聞いた私はすぐに“違う”と思った。里奈は引っ越ししたんじゃないって。おじさんに埋められてしまったんだって。でもそんなこと誰にも話さなかった。話したところでまともに相手をしてもらえなかっただろうし、何より私は……共犯者なのだから。
――里奈は埋められたんだ。きっと……母親と一緒に。
その考えは私に恐怖ではなく愉悦をもたらした。ああ、これでもう里奈からいじめ受けることもない。小学五年生の私は先生から里奈の転校を告げられた時、俯いたまま薄く嗤った。
ただあのサンダルだけがずっと気掛かりだった。あれが見つかったら警察が私の所にも来るかもしれない。
『なんで君のサンダルが里奈ちゃんのとこにあったのかな? 君は何か知ってるの?』
取調室で眩しい光を当てられ詰問される自分の姿を想像し私は震えあがった。今になって思えばサンダルが見つかったぐらいで警察が大騒ぎするはずもない。第一里奈がどうなったかなんて実際のところ知りはしなかったのだから。それでもサンダルのことはずっと気になっていた。心に刺さった小さな刺のように。でもこれでもう大丈夫。
(ありがとう、おじさん)
私は最高の気分でじゃがいもの皮を剥く。そうだ、今夜はカレーにしよう。
了
最初のコメントを投稿しよう!