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2.里奈ちゃんのお父さん
「私のサンダル……」
一人しゃくりあげているとプールにやってきたおじさんが私にどうしたのと声をかけてきた。知らない人としゃべっちゃいけないと言い聞かされて育った私は口をぎゅっと噤み下を向く。
「あれ? 美里ちゃん?」
不意に名前を呼ばれ驚いて顔を上げる。
「あ、里奈ちゃんのお父さん……」
そこに立っていたのは里奈の父親だった。
「里奈を迎えに来たんだが一緒じゃないのかい?」
私が里奈ちゃんは習い事があるからって先に帰ったと言うとおじさんは眉間に皺を寄せ、注意してなければ聞き取れない程の小さな声で「あの嘘つきが」と呟いた。
「ところで美里ちゃんはどうしてこんなところに一人でいるんだい?」
私は状況を里奈の父親に説明した。話しているうちにまた悲しくなってきてポロポロと涙が零れる。おじさんは何か思うところがあるようでしばらく顎に指をあてて考え込んでいたが、やがて思い付いたように両手をぽんと打ち合わせ熱心に靴入れを見始めた。
(おじさん、靴なんかじろじろ見てなにしてるんだろ)
私が訝しげな表情を浮かべておじさんの背中をじっと見ていると、おじさんは小さな声で「やっぱり」と言い一足の青いサンダルを手に取った。
「里奈のだ」
おじさんはそう言ってため息をつくと私に謝った。
「美里ちゃん、ごめんよ。里奈が間違えて美里ちゃんのサンダルを履いて帰ってしまったみたいなんだ」
私はすぐに嘘だ、と思った。そしておじさんも自分の嘘が私にばれているとわかっている、なぜだかそう確信した。だって私のサンダルは赤だもん、青いサンダルと間違うはずなんかない。残されていた青いサンダルの底には高井里奈と記されていた。
「おじさんが車で送っていくよ。悪いけど駐車場までこのサンダルを履いていってくれるかい?」
不承不承頷いた私は里奈のサンダルに足を通す。嫌悪感から背筋がゾワリとした。あんな子のサンダルを履かなきゃいけないなんて。
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